どん底を見た眼に、どう映ったのだろう。5月5日オリックス戦。日本ハム浦野博司投手(28)が遠かった白星を手にした。695日ぶり。確立された治療法がない右肩のインピンジメント症候群に苦しみ、日常生活も普段通りに過ごせない日々だった。多くの若手がハツラツとした姿を見せる、2軍本拠地の千葉・鎌ケ谷で会った時は「元気を分けて」と、口癖のように冗談交じりに言われた。憤る思いを胸の内に押し込み、笑顔を見せる姿が厳しい現状を物語っていた。

 求めていた「元気」は、思わぬ所に落ちていた。ある日、球場に流れていた曲に合わせて鼻歌を歌っていた。リハビリ中、見たことがなかった陽気な姿。耳を澄ませば、宇多田ヒカルの「花束を君に」。朝ドラ「とと姉ちゃん」の主題歌だった。「もう、見るのが日課になっているから」。亡き父に代わって母と妹たちを守る「とと(父親)」として育った主人公が、戦前・戦後をたくましく生き抜く姿にひかれた。「とと姉ちゃん」の出身地静岡は、浦野と同じ縁もあった。

 単調なリハビリ生活の中で、楽しみが出来た。「とと姉ちゃん」をテレビで観てから、球場に通うようになった。会えばいつも「見ていないの?」とニヤリとしながら聞いてきた。「病は気から」と言う言葉はあるが、本当に笑顔が増えるようになって右肩は順調に回復していた。そして、激動の野球人生から復活してみせた。もしかしたら「とと姉ちゃん」の生き様を、自身と重ね合わせていたのかも知れない。【日本ハム担当 田中彩友美】