「フレー! フレー! 木佐貫~!」

 亜細亜大学日の出グラウンドに、選手たちの大きな声が響き渡りました。選手106人が叫ぶエールの先には、木佐貫洋さんがいました。

 今シーズン限りでプロ野球の現役を引退した木佐貫さんが10月19日に訪れた場所は、母校、亜細亜大学日の出グラウンドでした。

 朝8時から後輩たちの練習を見学。お昼、午前練習が終わった選手たちはグラウンド中央に集まり、スタンドで見学する木佐貫選手に向けて始めたのは、伝統のあいさつ練習でした。きびきびとした動きで、ひと言ひと言、ハッキリと相手に向けて伝えるあいさつの言葉。そして第一学生歌を斉唱すると、学生コーチの伊達星吾君の声に続き全員でエールを始めました。

スタンドで見ていた木佐貫さんにエールを送る亜大の選手たち
スタンドで見ていた木佐貫さんにエールを送る亜大の選手たち

 「フレー! フレー! 亜細亜! フレー! フレー! 木佐貫~!」

 後輩たちからグラウンドに促されると、キャプテンの北村祥治選手(遊撃・4年)からプレゼントが手渡されました。それは選手全員とスタッフがお金を出し合って購入した4万円相当の銀座田屋のネクタイ。そして、学年ごとに選手1人1人が木佐貫さんへのメッセージを記した色紙4枚でした。

 実は、木佐貫さんは大学を卒業後、プロ13年間、一度も欠かさずに春と秋の東都大学野球リーグ、計26回、開幕前に必ず選手全員分のドリンクやゼリードリンクを差し入れで贈っていました。年代が違っても分け隔てなく13年間、陰から支えてくれた先輩へのエールとプレゼント。それは、新しい人生を歩みだす先輩へ。後輩たちからの最高のプレゼントでした。

 「引退のごあいさつに伺っただけなのに…こんなサプライズな演出をしてもらえると思っていなかったのでビックリしました。うれしいですね」

 そういって、木佐貫さんは目を潤ませました。

マウンドで、チームを代表してキャプテンの北村祥治選手(写真左)からプレゼントを受け取る木佐貫洋さん(写真右)
マウンドで、チームを代表してキャプテンの北村祥治選手(写真左)からプレゼントを受け取る木佐貫洋さん(写真右)

 「あいさつ練習に第一学生歌。懐かしかったですね。あいさつ練習はあんなに全員そろってきっちりやっていなかったと思いますよ。今の学生はスゴイですね。第一学生歌は、よく神宮で歌ったなぁ~って。背筋が伸びる思いです」(木佐貫さん)

 実は、木佐貫さんは現役時代、壁にぶつかると度々、母校を訪れ自身を奮い立たせ頑張ってきました。

 「大学時代はうまくいかないことばかりでした(笑い)。だからいいんです。楽しいだけの思い出だったら、苦しいときにわざわざ戻ってこないです。苦しい中で、当時はどうやっていたかな~って。今の苦しい自分に当時を照らし合わせて。まだ大丈夫、まだ頑張れる、そう自分に言い聞かせて頑張ってきました。うまくいかなかったとき、どう頑張るかを教えてくれる場所。ここが僕の原点なんですよ」(木佐貫さん)

 08年、当時阪神だった金本知憲さん(阪神監督に就任)に危険球を投げ退場。投げることの怖さを体が覚え、しばらく不調が続きました。そんなときも、このグラウンドを訪れ寮に1泊したといいます。

 「相当、悩んでいたんです。原点に戻らないと苦しみを乗り越えられない。そう思い、グラウンドに来てこの風景を見て、頑張らないといけないなぁって気持ちを新たにしたことを覚えています。不安な気持ちが大きいときほど、よくここに来て大学時代を思い出していたと思います」(木佐貫さん)

 今、あらたな人生の再出発のとき。そのスタートの場所を、原点であるこのグラウンドを選んだのですね。

 「これからは、プレーヤーとしてではなく、人生の岐路に立たされることが多く出てくると思うんです。これからの人生の方が長いですからね。そんなときもまた、もう1度大学4年間を思い出して、何とかなる、何とかしなきゃ…という気持ちになって、大事な判断の指針にしていきたいと思います」(木佐貫さん)

 最後に木佐貫さんは後輩たちへこんなメッセージを贈りました。

 「本日は、心温まるプレゼントをありがとうございます。4年間、亜細亜大学で僕自身はプロ野球選手になりたいと思いながら毎日練習をしてきました。久々にこのマウンドに立ってみて、なかなか思うようにキャッチャーやバッターに投げられなかったなぁという日々を懐かしく思い出しました。13年間プロでやらせていただいたんですが、なかなか思うようにプレーができないとき、しんどいときほど、大学4年間をよく思い出していました。みんなも、今すごく大変だと思うんですが、これから年齢を重ねていくともっと大変なことが出てくると思います。そんなときに大学時代を思い出せるように。大変ですが、途中で投げ出さないように4年間頑張って全うしてもらいたいと思います」

 亜細亜大学は10月20日、中央大に勝利。勝ち点3をあげ現在、首位に。優勝争い真っ只中。

 「僕らも、大学4年秋、最後の最後で優勝。それまで苦しかった思いを挽回できたという思いでうれしかったですね」(木佐貫さん)

 先輩の思いを優勝に――。午後からの練習も、必死に白球を追いかける後輩たちを見ながら、当時の自分を重ね合わせる木佐貫さん。後輩たちの熱いエールを胸に、今後は野球に携わる仕事を目指し、第2の人生を歩き出しました。

選手たちからプレゼントされた銀座の老舗、銀座田屋のネクタイと色紙をもって。第2の人生、ネクタイは大活躍しますね!
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