西東京 優勝記事
兄弟校対決“弟”日大三制覇/西東京大会
- 4年ぶり13度目の甲子園出場を決めた日大三ナインは大喜び
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日大三Vへの足跡 2回戦 11-0 日野台 3回戦 12-0 調布南 4回戦 11-0 創価 準々決勝 13-1 東亜学園 準決勝 7-6 日野 決勝 19-2 日大二
<西東京大会:日大三19−2日大二>◇7月30日◇決勝
兄弟校対決は日大三が猛打で日大二を圧倒、25安打で19点を奪い、19-2で4年ぶり13度目の甲子園切符をつかんだ。
兄弟校が相手でも容赦はなかった。日大三打線が前日(29日)同じ神宮で24点を奪った帝京(東東京)に負けじとばかりに大爆発した。4番・吉田裕太捕手(3年)が初回1死一、二塁からいきなり左翼席に強烈な1発をたたきこむ。「今まで生きてきた中で最高」と言い切った先制3ランだった。
主将がいきなり左手を高く突き上げ、ダイヤモンドを駆け巡る。ベンチの小倉全由監督(52)も、関谷亮太投手(3年)も「あれで楽になった」と口をそろえた。2回に2点を加えると3回には死球をきっかけに打席に入った打者が次々とホームにかえってくる。無死のまま、4四死球をはさんで6連続安打、9連続得点となっていた。
試合終了が告げられ、吉田がマウンドの関谷に抱きついた。「準決勝が終わってから、ずっと頭の中に描いていた光景」(関谷)が現実となった。このとき、スコアボードは先発全員安打の25安打19得点を記録していた。吉田はあと三塁打が出ればサイクルヒットだった。「少し意識したけど勝ったことが一番」と主将らしいセリフを吐いた。
ナインは前日、神奈川大会決勝を寮のテレビで観戦した。そこにはピンチでも笑顔を見せる横浜隼人ナインの姿があった。小倉監督は「初めて甲子園に行ったときの気持ちを思い出した。いい顔をして自分たちの野球をやろう」。選手に何度も話した。その言葉どおりにバットを振った。
常に優勝候補といわれる強豪が、学校創立80周年の年に4年ぶりの甲子園をつかんだ。吉田は「打って行く三高野球をやりたい」。晴れ舞台でも強打の日大三野球を見せるつもりだ。
[2009年7月31日 紙面から]
◆日大三 1929年(昭4)創立の私立校。生徒数は1172人(うち女子425人)。野球部は創立と同じ29年創部、部員数は64人。甲子園出場は春16回、夏12回の計28回で優勝は71年春、01年夏の2回。主なOBはオリックス近藤一樹ら。所在地は町田市図師町11の2375。堀内正校長。
西東京大会
優勝 | 参加校 | 組み合わせ表 | 春季大会優勝校 | 昨夏代表校 |
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日大三 (4年ぶり13度目) |
119校 | ダウンロード[PDF] | 日大三 | 関東一 日大鶴ケ丘 |
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