守備シフトは今や野球の常識となりつつあるが、メジャーでほとんどシフト破りが行われないのはなぜか。先日、ジェーソン・ワースが興味深い発言をしていた。

 メジャーで15年プレーしたワースは、今季はマリナーズとマイナー契約を結んだが、昇格を果たせず6月末に39歳で引退を表明した。その後出演したラジオ番組で、球界のデータ偏重主義を痛烈に批判し「俺はフロントの若いヤツを“スーパー・ナード(極端なオタク)”と呼んでいるのだが、彼らは野球のことを何も分かっていない。ただ数字を予想し、選手の成績を予想するだけ…それは野球を破綻させている。選手はロボット扱いで、試合を退屈でつまらなくしている」と熱弁を振るっていた。

 シフトについては「フロントのヤツと、シフトの話をするとする。俺が、シフトと逆の方向にバントをすればいいではないかと意見したとする。そこでヤツらが何と言うか分かるか?“いや、そんなことはしないでくれ。ホームランを打ってくれればいいんだから”と言うんだ。俺には、それが野球だとは思えない」と憤慨している。

 メジャーでシフト破りが行われないのは、強打者が仮にセーフティーバントで出塁しても相手には何のダメージにもならない、という考え方があるためのようだが、データ重視のフロントがデータとして役に立たないバントを嫌っているというのも、一理あるのかもしれない。現在のシフトはデータが蓄積、洗練され、シフトの成功率はとんでもないレベルまできている。試合を観ていると、安打がシフトに阻まれる確率が百発百中ではないかと思うことさえある。

 その結果、大きく打率を落とす打者が増えた。2年前に引退した元レッドソックスの強打者デービッド・オルティス氏はこの7月に「私はシフトのせいで500安打損をした。(今季大きく打率を下げているナショナルズの)ブライス・ハーパーに同情する」と本音を漏らしている。選手がシフトを内心苦々しく思っているということが、ここにきて表だって語られるようになってきた。

 選手だけでなく、マンフレッド・コミッショナーの特別補佐を務めるビリー・ビーン氏は最近になって「守る方も妙な感覚なのではないか。守備の名手でさえも、その場所に突っ立ってただ打球がくるのを待つだけだ。野手が必死に打球にくらいつくシーンはいいものだが、今はそれを見なくなった」と話している。

 現在、メジャーの全プレーの17・3%は、少なくとも内野手3人が二塁ベースを境にしてどちらかに寄る極端なシフトで行われているという。極端なシフトを規制するべきとの声はすでに挙がっており近いうちに実現するかもしれない。しかしスーパー・ナードのフロントと選手の対立の構図がそれで和らぐのかといえば、もっと根が深い気もする。

【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)