タナボタじゃない! 阪神田面(たなぼ)巧二郎投手(25)が8回、デビュー登板を1回無失点でつなぎ、サヨナラ勝ちを呼び込んだ。12年ドラフト3位の速球派。不振に苦しみ、育成契約の回り道をへて、ようやく聖地のスポットライトを浴びた。ともに育成出身の原口との活躍は、忘れられない夜になった。

 マスク越しでも、視線の熱さは変わらなかった。苦しいことも多かったこの4年、自分を支えてくれた原口のミットをめがけ、田面は自慢の直球を投げ続けた。勝負どころの8回、中日打線を抑えきった。

 4月15日に支配下選手登録されたばかりの田面が、1軍デビュー戦でホールドも記録した。「甲子園のこういう雰囲気の中で投げたことがなかったけれど、マウンドに上がれば試合に入り込めた。楽しかったです。原口とはファームでも組んでいたので、ゼロに抑えられてよかった」。その言葉以上の、心に秘めた思いがあった。2死二塁で代打野本を空振り三振に打ち取った145キロ直球は、原口と2人で復活させたストレートだった。

 150キロ超の快速球を評価されてのプロ入り。だがプロ1年目、13年4月11日の鳴尾浜でのシート打撃で、育成枠からはいあがろうとしていた打者の左手首にボールを当て、骨折させた。チームメートを傷つけた後悔で、自慢の直球を投げられなくなった。150キロを超えた球速は、130キロ台に落ちた。

 「全球スライダーでいってみようか」。速球復活への手がかりを探ろうと久保2軍投手チーフコーチの発案で、ウエスタン・リーグで1イニング投げるとき、全球変化球で勝負したこともある。感覚を取り戻しかけたときは、直球も交えた。だがストライクが入らない。2軍不在の鳴尾浜のマウンドで、ひたすら直球を投げる練習を続けた。

 骨折させた打者との約束があった。「ケガのことは気にしないで下さい。ぼくも田面さんのストレートを楽しみにしていますから」と剛球復活を祈ってくれた打者こそ、原口だった。

 それから4年。原口のミットだけを見て投げた12球。野本の空振り三振の瞬間、金本監督は拳を握った。「勇気がいりました。でも香田コーチが推薦してくれた。使わなければ成長はない。ぼくが怖がるわけにはいかない」。バッテリーを祝福するガッツポーズだった。【堀まどか】

 ◆田面巧二郎(たなぼ・こうじろう)1990年(平2)12月9日、群馬県生まれ。桐生商-日産自動車-JFE東日本を経て12年ドラフト3位で阪神入団。15年から育成選手。昨年まで3年間の試合出場はすべて2軍。4月15日に支配下登録、5月11日に出場選手登録された。179センチ、89キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸480万円。