プレーバック日刊スポーツ! 過去の10月17日付紙面を振り返ります。2011年の1面(東京版)は栗山氏ハム新監督基本合意、単身札幌へでした。

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 日本ハムの来季新監督に、元ヤクルトの栗山英樹氏(50)が就任することが16日、分かった。ポストシーズン終了後にも正式契約、発表される。9月に梨田昌孝監督(58)の今季限りでの退団が決定し、後任探しに着手。卓越した野球理論を高く評価していた栗山氏に打診し、このほど基本合意に達した。同氏は90年に現役引退後は評論家、スポーツキャスターとして活躍。指導者経験はないが、過去に何度も同様の要請を受けており、満を持して22年ぶりの球界復帰となる。

 プロ野球界に新風を吹き込む、新監督が誕生することになった。日本ハムが来季から栗山氏に、政権を託すことが内定した。今季で就任4年目で2年契約が満了する梨田監督が9月15日に退団を表明。その後から複数の後任候補をリストアップした中で栗山氏に一本化し、水面下で交渉。球界関係者によればこのほど、同氏も受諾する意向を見せ、合意に達した。ポストシーズン終了後にも「日本ハム栗山監督」が正式発表される。

 日本ハム大社啓二オーナー(55)とフロント陣は、かねて栗山氏に注目してきた。アマ球界にも精通し、洗練された野球観と、球界では知られた誠実な取材姿勢に象徴される人間性を含めて高く評価。監督の適性十分の人材の1人として、動向を追っていた。過去に何度も複数球団の監督要請を断ってきた同氏も、メジャー流の先進的な球団運営を行う日本ハムに魅力を感じていたようで、踏み切ることになったもようだ。

 今後の球団展望を担う大役になる。北海道へ本拠地を移転して今季で8年目で日本一1度を含むリーグ優勝3度で、今季も2位を確保しBクラスは、2シーズンだけ。資金力に頼らず、低コストで「スカウティング」と「育成」の2本柱で球団を強化してきた。他球団と一線を画す、戦略に栗山氏もかねて共鳴。慎重で重かった腰を上げ、初めて指導者として野球人生を再出発する決意を固めることになったようだ。

 ヤクルト外野手で29歳だった90年に現役を引退。その後はキャスター、評論家として野球を多角的に勉強してきた。水面下で交渉にあたってきた大社オーナーは次期監督候補の条件として「球団がやってきたことを継承してもらいたい」と話してきた。指導者経験がない監督就任は珍しいケースだが、来季続投が決定している山田GMら、一枚岩のフロント陣を含め、球団全体でサポートしていく。

 栗山氏の強い決意を象徴するのが、単身での日本ハム入りだ。球界の慣例であれば腹心のコーチを入閣させるケースが多いが、断ったという。球団方針でも全員残留が基本線の今季スタッフとともに来季、新たな挑戦へと踏み出す強い希望を持っているという。これまで複数の球団の監督候補に名前が挙がってきた在野の「最後の大物」といえる栗山氏が来季、ついにユニホームを着る。

 ◆栗山英樹(くりやま・ひでき)1961年(昭36)4月26日、東京都生まれ。創価高-東京学芸大。大学4年春まで投手で東京新大学リーグ通算25勝8敗。打撃では1年秋に首位打者、2年春にMVP。4年間の通算打率は3割9分5厘。大学3年まで教員を目指し、教育実習に参加した保健体育学士。小、中、高校の教員免許を取得。卒業論文は「ワンストライク・スリーボールからの攻撃方法」。

 元大毎でキャスターの佐々木信也氏の勧めで入団テストを受け、83年ドラフト外でヤクルト入団。同大学からのプロ入りは初。プロ1年目の秋にスイッチヒッターに転向。3年目に107試合に出場し、打率3割をマーク。プロ入り当初は内野手も88年から外野専門となり、89年ゴールデングラブ賞を獲得した。

 プロ2年目から平衡感覚が狂うメニエール病に悩まされ、病気が原因で29歳の90年に引退。プロ通算7年で494試合、1204打数336安打、7本塁打、67打点、23盗塁。89年にプロ野球タイ記録の1試合4犠打。現役時代は174センチ、72キロ。右投げ両打ち。

 引退後はスポーツキャスター、大学講師などを務め、92年にはさだまさし作詞・作曲の「好敵手」でCDデビュー。

 ※記録と表記は当時のもの