プロ野球往年の強打の外野手で、中日とロッテで監督を務めた山内一弘氏が2日午後7時26分、肝不全のため、東京都内の病院で死去していたことが5日、分かった。76歳だった。愛知県出身。自宅は非公表。近親者で密葬を済ませた。

 愛知・起工高から社会人を経て、1952年に毎日(現ロッテ)に入団。54年から2年連続打点王を獲得するなど巧みなバットコントロールで「シュート打ちの名人」「打撃の職人」と呼ばれ「ミサイル打線」の中心打者として活躍した。

 60年には本塁打王、打点王の2冠に輝き、最高殊勲選手(現最優秀選手=MVP)にも選ばれた。64年には、ともにチームの中核だった小山正明氏との「世紀のトレード」で阪神に移籍し、70年に広島で現役を終えた。

 プロ19年間の通算成績は打率2割9分5厘、396本塁打、1286打点。首位打者1度、本塁打王2度、打点王4度の実績を残したほか、通算300本塁打を最初に達成。16度出場したオールスターでも大活躍して「オールスター男」と言われた。ベストナインにも10度選ばれた。

 指導者としても評価が高く、引退後は巨人、阪神の打撃コーチを務め、ロッテと中日で各3シーズンずつ指揮を執った。監督通算成績は336勝313敗。2002年に野球殿堂入りを果たした。

 [2009年2月5日23時11分]ソーシャルブックマーク