<ソフトバンク3-2オリックス>◇28日◇福岡ヤフードーム

 ついに勝った。ソフトバンク新垣渚投手(28)がオリックス戦に先発し、8回3安打2失点で昨年9月17日以来、346日ぶりに勝利を挙げた。全103球の5割以上を占めた変化球は昨年から制球に苦しんだスライダー1本だった。伝家の宝刀を「心中するつもり」で駆使し、今季最多11三振を奪った。プロ初の2度の2軍落ちを経て復活した右腕は、通算50勝目にお立ち台で涙した。チームも1日で2位に浮上した。

 笑ってごまかそうとしても自分の目だけは制御不能だった。「本当に…」。お立ち台の新垣は声を詰まらせた。右の小指で目尻を、人さし指で目頭をぬぐう。苦労した分だけ、ほおを伝うものが熱かった。「本当にうれしいです。勝ててこれだけうれしいのは(プロ)最初の勝利のときくらい。それくらい感動した」。やっと手にした今季初勝利。3万人の前で浮かべた泣き笑いがすべてだった。

 「だめだったらもう1回下(2軍)に行くつもりでした」。最後の最後にスライダーがよみがえった。カウントをとる縦と空振りを奪う横の2種類を操った。「今日が最後という気持ち。1人、1人落ち着いて投げた」。最速152キロの直球とスライダーのみ。単調だがバットには当たらない。試合開始から14人連続で凡退に切った。

 5回2死に後藤に先制ソロを浴びても動じない。前回20日西武戦はクイックモーションになると球が荒れ、日本新記録の1試合5暴投。しかし、初めて走者を出した7回1死一塁でもローズを併殺打と、伝家の宝刀で課題もクリアした。8回に暴投から2点目を失ったが、最後は大引を今季最多11個目の三振で切った。

 昨年からスライダーの制御がテーマだが、今季も2度の2軍落ちを味わうなど不振だった。1度目はスライダーを捨て、5月下旬に昇格も3戦未勝利。2度目は頼った。「原点、初心を忘れがちだった。僕がやってこれたのは直球とスライダーがあったから」。一時は原因不明の高熱や右ひじ炎症で投球すらできない日があり、心身とも疲弊した。ただ通常腕を鍛えるゴムチューブを指先にかけて強化するなど、復活へ努力を重ねた。小椋が打ち込む将棋にも挑戦し、集中力につなげようともした。

 全103球の内訳は直球46、スライダー57。「スライダーと心中するつもりで(腕を)横振りにした」とフォークを使った前回よりひじを下げたことも奏功した。8回2失点でお役御免になった直後、味方が3点を奪った。「逆転してもらった時、久々にこみ上げるものがあった」。今年1月に他界した祖父繁造さん(享年79)へささげる1球をようやく手にした。

 王監督は会見中、何度もモニターに映る涙目の新垣を見上げた。「力を抜いて投げたら本当に任せられる。あとは自分で自信を持ってね。自分しかできないことだから」。ロッカー室に戻った新垣を祝福の拍手が包んだ。森本らに「泣き虫王子!」とはやし立てられ、また泣き笑いの顔に戻りそうだった。気温の下がった夏休み最終週。渚が熱く復活した。【押谷謙爾】