<阪神5-5中日>◇31日◇甲子園

 そこはまるで「敵地」だった。延長12回。この回が2イニング目となった安藤優也投手(32)は、安打に自身のボークなども重なり、無死満塁のピンチを背負った。打席には首位打者を走る中日和田を迎え、カウントは2ボール。本来は応援すべきファンから容赦ないブーイングが浴びせられる、屈辱のマウンド。それでも今季、球団史上初の3年連続開幕勝利投手に輝いた男は耐えた。

 「もう開き直っていった」。カウント2-2から、ワンバウンドになるフォークボールでハーフスイングを誘い空振り三振に仕留めると、後続2人もピシャリ。無死満塁という絶体絶命のピンチを、奇跡に近い無失点で切り抜けた。「何とか粘れてよかった」。チームを窮地から救った。

 ファンから届いた1通の手紙が、折れそうになった安藤の心をつなぎ留めている。それは励ましや希望に満ちた内容ではない。開幕して1カ月後、不振で2軍落ちした時に受け取った便せんにはたった1行、こう記されていた。「安藤、お願いだから、もうずっと2軍にいてくれ」。

 心ないファンの愚行。ただ、必死に不振脱出を図る男はその声を真摯(しんし)に受け止め、野球道具を持ち運ぶバックにずっと保管している。「常に目につくところに置いときたかった。この世界は結果がすべて。結果が出ない人は消えていくしかない。だから見返すしかない」。プロになって受けた最大の屈辱。安藤はそれを、自身を奮い立たすための力へと変えた。

 1カ月半の2軍生活を終え、7月1日に1軍再登録をつかんだ。復帰初戦の中日戦で7回1失点と好投しながら、勝利投手になれず。2度目の先発(7月7日ヤクルト戦)で4回9安打9失点と打ち込まれ、敗戦処理的な立場の中継ぎに回された。プライドは大きく傷ついたかもしれないが、今は後ろを振り向くわけにはいかない。安藤の目はまだ、死んでいない。【石田泰隆】

 [2010年8月1日10時51分

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