<西武4-1横浜>◇17日◇県営大宮

 西武涌井秀章投手(24)が横浜を9回5安打に抑え、今季初の無四球完投で2勝目を挙げた。右肘の違和感で6日に出場選手登録を抹消されていたが、不安を一掃する見事な投球。交流戦通算勝利数でもソフトバンク和田に並ぶ最多タイ18勝目となり、復帰登板に花を添えた。リーグ戦5位と苦戦していたチームにエースが戻り、交流戦での巻き返しに弾みをつけた。

 ポーカーフェースな涌井が見せた、一世一代の“ドヤ顔”だった。投げ終えた瞬間、グラブを右手でたたき体を反らせるように胸を張った。空中を見やった顔は「どうだ!」と言わんばかり。3日のロッテ戦以来となる登板を115球で締めた。最初から完投するつもりだったか、と聞かれた反応は意外だった。「正直そんな気はさらさらなくて、探り探り投げてたんですけど…」。投げきることに人一倍こだわる男ですら、未知の領域だった。

 無理もなかった。故障による登録抹消は05年5月に右肋骨(ろっこつ)痛で抹消されて以来、06年の先発ローテ定着以降は初めて。「投げ終わってからはそうでもなかったけど、投げてる途中は(投げられていることに)安心しました」と正直だった。抹消となってからほぼ最短での復帰。長期離脱ではなくても、ショックだったはずだ。1月の年俸調停で最も重視したのが「5年間の実績」だった。5年間で1万6083球。ケガなくチームのために腕を振り続けた。その評価を訴えた右腕には、短期間でもローテに穴をあけることが許せなかっただろう。

 今季から導入された統一球によって右肘が張りやすくなっていた、というのが今回の抹消につながったとみられている。異変はキャンプに始まり、開幕後も続いた。4月、2試合目の登板を前にルーティンを崩した。通常なら登板2日前にするはずのブルペン投球を試合前日に本拠地で行った。「西武ドームで投げておきたかったので」。直前の福岡遠征中に投げなかった理由をこう説明したが、開幕戦で101球を投げた肘をなるべく長く休ませる狙いがあった。報道陣に弱みを見せないために、涌井がついた小さな“うそ”。チームを背負う24歳のプライドだった。

 この日の最速は143キロとまだまだ復活途上の気配。それでも小さく、速いスライダーを多投して横浜打線の早打ちを誘った。9回完投ではプロ入り後最少の112球(06年4月23日楽天戦)に迫る省エネ投球。「久しぶりにいいピッチングができた」と声を弾ませつつ、満足はしていない。涌井が誇りを取り戻す交流戦は、始まったばかりだ。【亀山泰宏】