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マー君ダル魂継承「11」侍3連覇任せて

リトルシニアの選手のブルペン投球を見つめる楽天の田中(撮影・浅見桂子)
リトルシニアの選手のブルペン投球を見つめる楽天の田中(撮影・浅見桂子)

 来年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、楽天田中将大投手(24)が背番号「11」をつけることが2日までに、濃厚となった。チームでは「18」だが、同じく代表入り濃厚な巨人杉内、西武涌井もチームでは「18」をつける。代表の背番号は年長者優先が通例。他球団のエース格に譲る格好となるが、前回大会でダルビッシュ(現レンジャーズ)がつけた番号を引き継ぐ。

 侍ジャパンの柱に、ふさわしい番号が用意される。球界関係者の話を総合すると、田中の背番号は「11」が濃厚となった。楽天ではエースナンバーを背負うが、田中本人は「(代表では)何番でもいいです」と、こだわらない姿勢を見せていた。年上の杉内、涌井もチームでは「18」。さらに同い年の広島前田健も「18」。各球団のエースが集まるだけに、18番がかぶるのも当然。背番号は年長者から決まる。だが、「18」をつけなくても、田中には特別な番号がある。それが、ダルビッシュの「11」だ。

 前回09年大会では、ダルビッシュが先発、抑えとフル回転し、2連覇に大きく貢献した。メジャー移籍2年目を前に、今回は苦渋の決断で代表入りを見送った。各球団の「11」の選手は代表には入らないもようで、“空き番”となっている。田中には、来春大会で、前回のダルビッシュのような働きが期待されているだけに、ふさわしい番号と言える。

 2人の関係は深い。田中は尊敬する選手として、真っ先にダルビッシュを挙げる。初めて代表で一緒になった08年の北京五輪では、ダルビッシュが敗戦投手となった試合後、一緒に丸刈りとなった。オフには合同自主トレを行い、技術論やトレーニング論をぶつけ合ったこともあった。11年に19勝で沢村賞投手に輝いたが、頑強な体をつくりあげた陰には、ダルビッシュのアドバイスもあった。

 ダルビッシュ始め、大リーグ組が参加を辞退した来春大会。第3回で、初めて国内組だけで臨む。その中心に座る田中は「自分のできることを、どれだけできるか。やれることをやります」とベストを尽くす構え。ダルビッシュの背番号とともに、エースの“侍魂”も引き継ぐ。

 ◆田中の代表での背番号 駒大苫小牧(北海道)時代、2度全日本高校選抜入り。2年時の05年アジアAAA選手権は「1」、3年時の06年日米親善高校野球は「2」。プロ入り後は08年北京五輪、09年WBCとも「15」。「18」は北京五輪がダルビッシュ(日本ハム)、WBCでは松坂がつけた。今年3月の台湾との震災復興支援試合で、代表では初めて「18」をつけた。

 ◆日本代表の「11」 プロ野球選手が代表に加わるようになった00年シドニー五輪では土井(日本生命)がつけた。04年アテネ五輪、06年第1回WBCは清水(ロッテ)。ロッテでは「18」だったが、いずれも松坂(西武)に譲った。08年北京五輪は川上(中日)、09年WBCはダルビッシュ(日本ハム)と、各球団でも「11」の選手がつけた。

 [2012年12月3日7時12分 紙面から]







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