<広島3-5中日>◇3日◇マツダスタジアム

 天才打者が最後に「公開ノック」を受けた!?

 広島前田智徳外野手兼打撃コーチ補佐(42)がマツダスタジアムで引退試合として行われた中日戦で、24年のプロ野球生活に終止符を打った。観衆は今季最多の3万2217人。8回の代打で投ゴロに倒れると9回には11年ぶりの右翼守備に就いた。試合は敗れ、3位が確定した。

 最後まで波瀾(はらん)万丈だった。まさに前田智の野球人生そのものだ。試合後にグラウンドを1周し、記念撮影で涙がこぼれた。感動の胴上げは背番号にちなんだこん身の1回。宙に舞うと悲鳴を上げた。「昨日、菊地原のを見て、明日はやめてと言ったんだけど。小さなころから、願い事はかなったことがないので」。

 出番は8回2死の代打。無数のフラッシュと「前田コール」を一身に受けて、打席に立つ。見逃し、バックネット方向へのファウル。3球目の直球を強くたたいたゴロは投手小熊のグラブに収まった。ヘルメットを脱ぎ、スタンドに掲げた。これが最後と思われたが…。「そのまま入り、ライト」。9回表、右翼に走った。08年7月25日横浜戦以来、マツダスタジアムでは初めての守備だ。「久本には2000安打のときにお世話になったけど、そのときライトの森野が打ってくるわけですから」と、07年に当時中日だった久本から通算2000本安打を放ったことを思い出していた。2死から森野の二塁打、続く平田は有終の美を飾ってもらおうと右打ちを徹底した。だがファウルの連続で息を切らせ、苦笑いだった。

 思うようになることは、まれだった。「運命と思わないと、やってられない。脳みそが肉離れしてしまう。でも、オーナーに運命論を語ったら、怒られました」。2000安打達成後から、松田オーナーとの直談判が始まった。今年は初めて4度も球団事務所に足を運んだ。2度目からはネクタイを締め、本気度を示すと、引退の“許可”が下りた。4月23日の死球で左尺骨を骨折。両アキレスけんの手術から復活した男を引退に至らしめたのもケガだった。

 引退を発表してから見せる笑顔が、余計苦悩の日々を鮮明にさせる。「天才」を演じる前田智は笑顔と涙でグラウンドを去った。【鎌田真一郎】