中日が球団初のGM制を導入し、落合博満前監督(59)に初代ゼネラルマネジャー(GM)就任を要請することが8日、分かった。白井文吾オーナー(85=中日新聞社会長)による球団大改革で、新監督は谷繁元信捕手(42)を兼任監督とし、落合監督時代にヘッドコーチを務めた森繁和氏(58)が同職に戻る新体制。今季は12年ぶりBクラスとなったが、来季は斬新な新体制で立て直しを図る。中日球団が今日9日に臨時株主総会と役員会を開いて最終決定する。

 中日が球団史上最大の改革を敢行することが判明した。新監督候補に浮上していた前監督の落合氏を、球団初のGMとして招聘(しょうへい)に動くことが分かった。「勝てるチームを作るにはどうすればいいか」と思案してきた白井オーナーの、画期的なサプライズ人事だ。球団首脳は「オーナーが落合さんしか球団を立て直せないとお願いした」と説明。監督を務めた8年間で4度のリーグ優勝と07年に日本一に導いた名将をフロントトップで迎え、復活を目指すことになった。

 新監督には25年目のベテラン谷繁を起用することが分かった。「野球をよく知っている人」とオーナーが挙げる新監督の条件に合致し、落合氏も以前から将来の監督候補と認める存在だ。本人が現役続行を望んでいることを受け入れ、球界では野村克也、古田敦也に続く捕手のプレーイングマネジャーで起用する。参謀役には落合体制を支えた森氏がヘッドコーチとして復帰する見込みだ。14年は落合、谷繁、森のトロイカ体制でV奪回に臨む。

 落合氏をGM起用する背景には、監督退任後も不変だったオーナーの厚い信頼がある。落合氏は04年の監督就任後、非情に徹し勝つ野球に尽力。キャンプ名物となった6勤1休の猛練習やベテラン特権剥奪の競争主義、個性を生かした指導で8年間すべてAクラスの常勝軍団をつくり上げた。

 だが後を受けた高木政権で弱体化したチームは、主力の高齢化に伴う世代交代がうまく進まないなど難題が山積。そこで落合氏を監督候補としてリストアップしてきたオーナーは熟慮を重ね、その手腕を今度は監督以下チーム全体を統括するGMで発揮してもらう構想を描いた。青年監督かつ現役兼任となる谷繁をサポートし、12年ぶりBクラスに沈んだチームの再建を落合GMの実現により推し進めていく意向だ。

 今日9日に名古屋市中区の中日新聞本社で臨時の株主総会を開催。定款を改め、GM制度を設置する。その後臨時の役員会を開き、落合GM、谷繁監督、森ヘッドコーチのトロイカを承認する運びとなる。あわせて、高木体制を支えた坂井球団社長以下の役員も大刷新。落合GMによる新体制のもと、中日が再建を進める。

 ◆落合博満(おちあい・ひろみつ)1953年(昭28)12月9日、秋田県生まれ。秋田工-東洋大(中退)-東芝府中を経て78年ドラフト3位でロッテ入団。82、85、86年に3冠王。首位打者、本塁打王、打点王を各5度。最高出塁率7度。82、85年MVP。86年オフにトレードで中日へ移籍。93年オフにFAで巨人入り。96年オフには自由契約で日本ハム移籍。98年に引退した。通算2236試合、7627打数2371安打(打率3割1分1厘)、510本塁打、1564打点。04年から11年まで中日監督を務め、リーグ優勝4度、日本一1度。11年野球殿堂入り。

 ◆谷繁元信(たにしげ・もとのぶ)1970年(昭45)12月21日、広島県生まれ。江の川(現石見智翠館)では甲子園出場2度。高校通算42本塁打。88年ドラフト1位で大洋(現DeNA)入団。98年横浜で日本一の原動力に。01年オフにFAで中日移籍。新人から25年連続本塁打はプロ野球記録。98年ベストナイン。ゴールデングラブ賞6度。06年に捕手の連続守備機会無失策(シーズン)1062のセ・リーグ記録。盗塁阻止率リーグ1位5度。球宴出場11度。06年WBC日本代表。176センチ、81キロ。右投げ右打ち。家族は夫人と3男。今季推定年俸1億9000万円。