<阪神3-6巨人>◇10日◇甲子園
阪神が4連敗を喫した。8回、福原が同点とされ、延長10回は高宮がアンダーソンに決勝3ランを被弾。痛恨の敗戦で、気を吐いたのは主砲マウロ・ゴメス内野手(29)だった。三遊間を厚くするGのゴメスシフトにも、4回は左翼フェンス直撃の二塁打で2点奪取の突破口を開いた。3カード連続負け越しの逆境だって、ぶち破るしかない。虎よ、ここが正念場だ。
まるで漫画のような光景だった。9回2死満塁。サヨナラ機にゴメスが打席に向かうと、甲子園がどよめいた。巨人の内野陣が動く。ショート坂本が三塁に寄り、セカンド片岡が二塁ベースの左に立つ。窮地でも敵陣の方針はぶれなかった。この日、5度目の「ゴメスシフト」を敷く。左腕山口との対決。追い込まれて低めの変化球を見極めたが、最後は外角低めシュートに空を切った。
敗戦後、珍しく足早にクラブハウスへ消えた。「向こうがやってきたこと。自分としては、どうしようもなかった」。守備網を徹底した巨人について関川打撃コーチも「あのシフトをしていて(打者が)引っ掛ける配球かと思った。逆もある」と振り返るしかない。
それでも、大砲の脅威が常勝軍団を動かした事実は揺るがない。この日から巨人は二、三塁の間に3人の野手を置いて、セカンドの定位置に誰もいない常識外れのシフトを採用。試合前まで161打席立ち、二塁ゴロはわずかに2個。逆方向の打球はほとんどなく、プルヒッターの傾向への防御だ。最初は、その包囲網も豪快に破ってみせた。
4回1死走者なしの第2打席。3者がズラリと並ぶ姿は壮観だ。だが、打球を上げれば関係ない。内海の直球を引っ張ると、大飛球が舞う。誰もが息をのむ打球は左翼フェンスを直撃。あと20センチもあれば柵越えした、惜しい二塁打は後続の逆転劇を呼ぶ一打だった。5回1死三塁ではボテボテのゴロは遊撃前へ。三塁走者大和が俊足で本塁を駆け抜け、1打点を刻んだ。
海の向こうと同じシーンだった。この日、レンジャーズ・ダルビッシュのノーヒットノーランを阻止したのは似たシフトをゴロで破ったレッドソックスの大砲オルティスだ。12年に同僚だった母国ドミニカ共和国の英雄と期せずして肩を並べた。米大リーグで、たびたび見られる変則の守備陣形は日本では珍しい。宿敵に強打者と認められた「勲章」だろう。スラッガーにしかない逆境を乗り越えてこそ、すごみは増す。【酒井俊作】<過去の主な極端シフト>
◆王シフト
巨人王の猛打に64年の広島は、親会社の東洋工業のコンピューターを使い打球傾向を計算。同5月5日、内、外野手を大きく右に移動する「王シフト」が初披露された。この年、王はシーズン55本塁打の当時日本記録を樹立。また、72年阪急は巨人との日本シリーズで、王の打席で遊撃手の大橋を中堅の位置に入れ、外野を4人に。中堅右への大飛球を大橋が捕った「飛距離115メートルの遊撃飛球」もあった。
◆ゴジラシフト
93年9月、巨人松井に対し、ヤクルトのショート池山は守備位置を二塁ベース後方にずらして一、二塁間を3人で守った。
◆金本シフト
12年5月6日、阪神金本に巨人は極端に右方向へ寄るシフトを敷いた。打者から見て右側の守備陣形が深く、左側が浅い状態。三塁、左翼線はがら空きだった。



