<オリックス1-2巨人>◇1日◇京セラドーム大阪
巨人が亀井善行外野手(31)の2戦連続決勝打の活躍で、交流戦単独首位に立った。5回無死一、三塁から右翼線へ適時二塁打を放ち、前日の延長決勝弾に続き、殊勲のヒーローとなった。試合前には原辰徳監督(55)がミーティングで選手に父貢氏が死去したことを報告。ナインは接戦を制しての劇的勝利という最高の形で弔った。
亀井は二塁ベース上で、苦楽をともにした右拳を小さく握り締めた。5回無死一、三塁。ディクソンの低めスライダーを右翼線へ、はじき返した。約15時間前に今季第1号の決勝弾を運んでいたが、2戦連続で0-0の均衡状態を打ち破った。ガッツポーズが控えめだったのには訳がある。「これからだと思っている。とにかくチームに貢献する一心」。そして右手人さし指の第1関節が、指の腹に折り曲げることができない状態だからだ。
2月下旬の沖縄キャンプ。ノックのボールが指の先端を突いた。「指があらぬ方向に曲がっていた。自分で戻しても、バネみたいに違う方へ曲がる。すぐに『これはダメだ』と思った」。手術で粉々に砕けた骨を除去し、ワイヤ数本を通して人工骨を入れた。リハビリは通常以上に神経を払った。ばい菌が患部に入り、化膿(かのう)すれば復帰が3、4週間ずれ込む。手に汗をかくことも許されない。常に指と汗の状態を気にしながらの闘いだった。
はやる気持ちを抑え“カメ”の名前の通り、泰然と構えた。「あせっても仕方がない。できることをやる」。過去の経験を自信にもした。11年には右手薬指を骨折していたことに気付かずにサイクル安打へあと1本の活躍をした。「自分にはケガの功名がある」。力を、可能性を信じた。
原監督への弔いにもなった。試合前のミーティングで5月29日に貢氏が亡くなっていたことが報告され、チームで黙とうをささげた。指揮官は弔意に対して感謝の思いを伝えた。戦いの最中、多くを語ったわけではない。だが「目が潤んでいた」という選手もいた。亀井は「昨日の試合の時点で知らなかった。監督の気持ちもあるし、勝利という形で、お父さんに届けられればいいと思う」と思いを受け止めていた。勝利投手の杉内はウイニングボールを「今から監督に渡したいと思います」と帰りのバスに乗り込んだ。
パ・リーグ首位のオリックスに2戦連続で激闘を制し、交流戦単独首位に立った。原監督は「どっちに転ぶか分からないゲームで、粘り、運が、わが軍にあった」。見える力、そして見えざる力が亀井とチームに宿った。【広重竜太郎】



