<パCSファーストステージ:オリックス3-6日本ハム>◇第1戦◇11日◇京セラドーム大阪

 苦しみながらも、勝った。日本ハム大谷翔平投手(20)が、2回に4連続与四死球で2点を失うなど大乱調ながら、6回を5安打3失点で踏ん張った。直球は最速160キロをマーク。完全アウェーの敵地、さらに右手薬指を引っかいて流血するなど、厳しいマウンドになったが、味方の援護にも助けられ、ポストシーズン初登板初勝利を挙げた。大谷の奮闘でチームは第1戦を制し、ファイナルステージ進出に王手をかけた。

 降板直後の大谷は、アイシング治療もそこそこに、ベンチへ戻って声を張り上げた。チャンスには立ち上がって味方を鼓舞した。「納得できるような投球、堂々とできるような投球じゃなかった。なるべく早く戻って応援したいと思いました」。6回を5安打5与四死球で3失点。初めてのポストシーズンのマウンドは不本意だったが、最後まで仲間とともに戦い、勝利を手にした。

 2年目で任されたCS開幕投手という大役。序盤、独特の雰囲気にのみ込まれた。「かなりアウェー。こういう経験をしたことがなかった」。2回2死一、二塁から伊藤へ死球を与えて満塁となると、投球フォームのバランスを崩した。「心と体の不一致があった」。続く平野恵へは、2球続けて体付近をボールが通過。スタンドからは、容赦ないブーイングが浴びせられた。試合前ブルペンの投球時に自身の指でひっかき、開始時から右手薬指は出血していた。厳しい条件が重なっていた。平野恵、坂口に連続の押し出し四死球。“独り相撲”で2点を失った。

 だが先輩の声に、救われた。「大丈夫。打たれたわけじゃない」。大引の言葉が耳に響いた。4度もセーフティーバントで揺さぶられたが、三塁を守る近藤は「オレがケアするから、(マウンドを)下りてこなくていいぞ」と言ってくれた。6回には、西川、大野が守備の好プレーで後押し。「今日は野手の方に感謝したいです。声をかけてもらって、助かりました」。最速は160キロ。自分を取り戻し、立て直した。3回から5回は3者凡退。粘ったことが、逆転勝利につながった。栗山監督も「野球は1人じゃないというのを感じたんじゃないか」と目を細めた。

 結果的には、金子との投げ合いに勝ち、ファイナルステージ進出へ王手をかけた。今日12日の第2戦は休養するが、3戦目以降は打者として準備する。

 「いい経験になりました。期待に応えられる投球ではなかったけど、その分、打席でしっかりとチームに貢献したいなという気持ちが、新たに出てきました」。今度は自身の一打で、試合を決める。投打「二刀流」大谷にしかできない、先輩への恩返しになる。【本間翼】

 ▼20歳3カ月の大谷がポストシーズン初登板を白星で飾った。プレーオフ、CSでは82年第2戦工藤(西武)の19歳5カ月、06年2S第1戦ダルビッシュ(日本ハム)の20歳1カ月に次いで3番目の年少記録。日本シリーズは51年第4戦服部(南海)の18歳10カ月が最年少勝利で、20歳3カ月以下の白星は06年第5戦ダルビッシュまで5人、7度(19歳4カ月の稲尾が3度)。2回にはプレーオフ、CSで初の4連続四死球を与えプロ入り初の連続押し出しも経験。ポストシーズンの2者連続押し出しは96年日本シリーズ第4戦小林(オリックス)、10年2S第6戦杉内(ソフトバンク)に次いで3人目だが、連続押し出しで勝利投手は初めてとなった。

 ◆82年工藤(西武)と06年ダルビッシュ(日本ハム)のポストシーズン

 高卒1年目の工藤は1-2とリードされたプレーオフ第2戦の8回表に登板。1回を無失点に抑えると、その裏に西武が2点を挙げ逆転して勝利投手になった。中日との日本シリーズでも日本一を決めた第6戦でリリーフし1回を0点に抑えた。

 高卒2年目のダルビッシュはプレーオフ第2S第1戦で11三振を奪って完投勝利。中日との日本シリーズでは第1戦と第5戦に先発。第1戦は敗戦投手も、日本一を決めた第5戦では7回1/3を1失点に抑えて勝利投手に。日本一を決めた試合では56年稲尾(西鉄)に次ぐ年少勝利だった。