IWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(29)が、死力を尽くして2度目の防衛に成功した。昨夏のG1クライマックスで外国人として初優勝したケニー・オメガ(33=カナダ)と激闘。最後は必殺のレインメーカー(短距離式ラリアット)を決めて、同級の選手権試合25戦目で自身最長となる46分45秒で決着をつけた。

 時計の針は45分を回っていた。オカダは、膝蹴りを3発食らっても離さなかった左手で、オメガの体を引っ張り込み、こん身のレインメーカー。さらに膝蹴りで粘る相手をつかまえ、ツームストン・パイルドライバー。そして、ついに、長い試合の終わりを告げるレインメーカーがさく裂。最大の強敵からベルトを守り抜いた。

 「13年ぐらいプロレスやってましたけど、死ぬかと思うような試合でした。それぐらいオメガは強かった。最後は、新日本を背負う覚悟、覚悟という意味でボクが上回った」。首や両腕、背中に痛々しいアザをつくり、苦しそうにオカダは声を絞り出した。

 新日本の顔ともいえるIWGPヘビー級王座だけは譲れなかった。その一念が、何度も窮地に陥ったオカダを動かした。ここ数年、棚橋と30分を超す激闘を展開したが、46分45秒はこれまでで一番長く、一番苦しい試合だった。

 オメガとは、プロレスを志した年齢も16歳と同じだった。オメガが、カナダ・ウイニペグの地元インディー団体でスタートしたのに対し、オカダは単身メキシコに渡り修行。オメガが、柔術や格闘技でプロレスの幅を広げれば、オカダはメキシコの施設も十分ではない地方興行で、受け身などプロレスの基礎を学んだ。試合前、オメガに「ハングリーさがない」と言われたが、メキシコ時代のハングリーさは、オメガの苦労に匹敵する過酷さだった。

 オカダは昨年から、ビッグマッチで負けていない。昨年1月の東京ドームに、6月の大阪城ホール、そして今回の東京ドーム。16年の新日本の中心に間違いなくオカダがいた。新日本のオーナー木谷高明氏も「オカダ君は日本よりも海外で有名。我々が海外で商売をする際も、ずいぶんオカダ君に助けられている」と話す。

 強敵オメガを退けたオカダは「来年は今年以上に、その次もどんどん盛り上げていけるようにボクがします。プロレスとオカダを世界に広げていきます」と宣言した。日本から世界へ、この日の戦いは、オカダの世界進出へののろしとなった。【桝田朗】

 ◆オカダ・カズチカ 本名岡田和睦。1987年(昭62)11月8日、愛知県安城市出身。中卒後に闘竜門に入門し、04年8月、16歳でメキシコでデビュー。07年8月に新日本入り。10年から米国修行に出かけ、11年12月に帰国。12年2月には棚橋を破ってIWGPヘビー級王座を初獲得し、同年8月には初出場のG1クライマックスで史上最年少優勝。14年には2度目のG1制覇。IWGPヘビー級は第57、59、63、65代王者。191センチ、107キロ。

 ◆オカダのIWGPの試合時間 46分45秒での決着は、オカダのIWGPヘビー級選手権試合25試合目で最長だった。これまでの最長は13年10月の棚橋戦の35分17秒。過去のIWGPヘビー級選手権試合では88年8月の藤波-猪木、02年10月の永田-蝶野など60分引き分けがある。決着がついた試合では、05年2月の小島-天山の59分45秒が最長。