俳優三浦友和(62)が、恩人に感謝した。3月14日に死去した俳優宇津井健さん(享年82)のお別れの会が今日1日に都内で開かれる。三浦にとって宇津井さんは、デビュー作の主演で、山口百恵さん(55)と結婚した時の仲人。ドラマ「赤いシリーズ」では3人で共演している。このほど取材に応じ、その人柄や秘話を明かした。
三浦と百恵さんは訃報を知り、75年「赤い疑惑」など「赤いシリーズ」の現場で見た姿を語り合った。
百恵さん
あの時に40代でいらしたんですね。
三浦
僕が40代になっても出せない風格があった。
百恵さん
食事する姿をお見かけしたことがなかった。
三浦
そういえばそうだ。
三浦は「とにかくストイックな方でした」という。「食事制限もしていた。炭水化物は取らず、食事シーンでは白米の代わりに大根おろしを使ってました」。
06年に宇津井さんの妻が亡くなった時、夫婦で弔問したのが最後になった。部屋のあちこちにあるトレーニング器具を見て驚いた。「そこまで健康に気を使っていただけに亡くなったと聞いてショックでした」。
三浦は72年TBS系「シークレット部隊」でデビュー。主演は宇津井さんだった。合間に居眠りするいいかげんな新人だったが「叱ることもなく見守ってくれた」。続く宇津井さんの主演作「燃える兄弟」にも起用された。「『アイツは嫌だ』と断られても仕方なかったはず。理由を聞いておけばよかった」。
交流は仕事場に限られたが、80年の結婚式で仲人を依頼した。「嫌な顔ひとつしないで引き受けてくださった」。私生活の交流が始まり、男児2人の誕生直後は顔を見てもらった。互いの自宅を訪問し合った。
結婚後マスコミなどに「結婚したからダメになる」などと書かれた。事実、仕事も行き詰まっていた。ある日、宇津井さんが自分について「僕なんかより全然いい俳優になる」と答えている記事を見つけた。「ものすごい力になりました。お世辞のはずですが、たたかれっぱなしの時でしたから。その言葉にすがって生きた時期がありました」。
1度だけ2人だけで食事した。結婚から5年後だった。「親子の関係とは言い過ぎかも知れませんが、とても温かい人でした。ダメだった自分が結婚もしたのに苦しんでいる姿を心配してくれたのでしょう」。
会うと必ず緊張した。背筋を伸ばし、座っても姿勢は崩さない。20歳年下の自分を「友さん」と呼ぶ。「宇津井さんの生き方そのものです。絶対にまねできません。自分がいかにだらしないか気付かせていただく方でした」。【松田秀彦】




