6度目のSR(Super Randonner=シューペル・ランドヌール(仏)、スーパー・ランドナー(英))を狙い、10月23日にランドヌ東京のブルベ「ぐるっと関東1周600キロ」を走った。SRとは同一シーズンにブルベの200キロ、300キロ、400キロ、600キロを完走すると与えられる称号。記念にメダルが購入できる。といっても自費なのであくまで自己満足の世界なのだが、励みになるのは事実だ。


コースは神奈川・川崎の武蔵中原駅周辺をスタートして東へ向かい、東京・中央区の銀座ど真ん中を通り、浦安橋を渡って千葉入り。富津まで南下し房総半島を横断して九十九里をひた走る。その後は銚子、茨城・水戸、栃木・宇都宮、群馬・伊勢崎、埼玉・飯能、東京・青梅などを経由して川崎に戻り関東平野を1周する。きつい峠はなく獲得標高は約2800メートルでほぼ平坦といえる。制限時間は40時間。


「ぐるっと関東1周600キロ」のコース
「ぐるっと関東1周600キロ」のコース

気になったのは主催者のコメント。難易度が高いわけではないのに完走率は意外と高くないという。「リタイアポイントが多いですからあなたの不屈の精神を試すことになるのでは?」と、なんだか挑発されているようだ。よし、見せてやろうじゃないか、63歳(もうすぐ64歳)のじーさんの不屈の精神を!


スタートは10月22日午前6時から29日午前6時の間で任意の選択となっている。フリーな身なのでいつでもいいのだが、首都圏脱出には通勤ラッシュのない土日が最適だ。天気予報とにらめっこし、晴れそうな23日(日曜日)を選んだ。寒暖差の大きな日で朝晩の気温は15度前後だが、昼間は25度まで上がるという。


昼間は半袖ジャージーとレーパン、指切りグローブでいいが、気温が下がる時間帯はアームウオーマー、レッグウオーマー、長袖インナー、長袖ジャージー、ウインドブレーカー、ネックウオーマー、フルフィンガーのグローブが必要。これに半袖インナー、靴下の着替え、そしてまさかの時の輪行袋と輪行の際にサドルバッグなどを入れるポケッタブルのリュックが加わる。


そして最悪なことに24日は未明から午前中にかけて雨予報。しっかりと雨対策をしたいがサドルバッグにはレインウエアの上着と防水グローブを入れる余裕しかなく、レインパンツとシューズカバーは持って行くのを諦めた。


まー、自分は「晴れ男」だし降ってもたいしたことないさ。大丈夫大丈夫。きっと「降る降る詐欺」に決まってるよと超楽観的に考えることにして当日を迎えた。


当日は午前1時半起き。神奈川県央の自宅からスタート地点まで約20キロを自走で向かい、午前4時少し前に武蔵中原駅前を走り出す。ゴール地点は高津駅近くのコンビニで、翌日の午後8時までに帰ってこなくてはならない。600キロは気が遠くなるほど長い。果たしてどんな旅になるのだろうか。


23日午前3時50分、武蔵中原駅前を出発
23日午前3時50分、武蔵中原駅前を出発

土曜日の早朝とあって車はほとんどいない。快適なのだが、信号は山ほどある。いわゆる信号峠。五反田、田町、新橋、銀座、京橋…。嫌になるほどのストップ&ゴーの繰り返し。ストレスから解放されたのは30キロ付近の浦安駅を過ぎたあたり。ここから5キロラップのグロス平均速度がようやく時速20キロを超えるようになった。


23日午前3時58分、丸子橋で多摩川を渡り東京都へ
23日午前3時58分、丸子橋で多摩川を渡り東京都へ
23日午前4時50分、銀座六丁目通過
23日午前4時50分、銀座六丁目通過
23日午前5時16分、葛西橋で荒川を渡る
23日午前5時16分、葛西橋で荒川を渡る
23日午前5時30分、浦安橋で旧江戸川を渡り千葉入り
23日午前5時30分、浦安橋で旧江戸川を渡り千葉入り
23日午前6時30分、幕張通過。右手はZOZOマリンスタジアム
23日午前6時30分、幕張通過。右手はZOZOマリンスタジアム
23日午前6時37分、美浜大橋で花見川を渡る
23日午前6時37分、美浜大橋で花見川を渡る

111・1キロ地点の千葉・富津のJR大貫駅近くの「通過チェック1」(コンビニ)に着いたのは午前9時46分。幕張付近からは片側2~3車線で路肩も広い道が多かったこともあり、グロス平均で時速19・2キロと快調なペースを刻んだ。


この頃から気温が上がり始めたのでウインドブレーカーなどを脱ぎ、半袖ジャージとレーパンの身軽な服装にスイッチした。


JR内房線の大貫駅からは東へ向かい、一宮海岸までのアップダウンをこなして房総半島を横断する。ここまでほぼ市街地を走り抜けてきたが、大貫駅の手前あたりからようやくブルベらしい風景が広がるようになった。緑におおわれた山々、青々とした畑に沿道に咲くセイタカアワダチソウの黄色い花が映える。何かを燃やしているのか、白い煙も立ち上る。秋晴れの中、のどかな里山を走るなんて最高だねぇ♪


23日午前9時34分、千葉・富津ののどかな風景
23日午前9時34分、千葉・富津ののどかな風景
23日午前9時55分、JR内房線大貫駅
23日午前9時55分、JR内房線大貫駅

しばらく走ると山道っぽくなり始めた。勾配11%なんて標識も現れる。あれ? 平坦コースじゃなかったの? だが長くても上りは数キロで、標高も最高が130メートルぐらい。まあ、許せる範囲か(^_^; 鹿野山牧場付近では道がダートとなるなど、なかなか楽しませてくれるコースだった。


いったん下り、再びJR久留里線の久留里駅へ向けての上り。こちらはピークまでは約5キロと距離も長く、勾配もきつい。まあ、房総半島を横断しているのでどこかで上らざるを得ないよね。


23日午前10時29分、君津の山道。勾配11%の坂を上る
23日午前10時29分、君津の山道。勾配11%の坂を上る
23日午前10時32分、竹林に挟まれた山道を行く
23日午前10時32分、竹林に挟まれた山道を行く
23日午前10時34分、鹿野山牧場付近のダート
23日午前10時34分、鹿野山牧場付近のダート
23日午前10時48分、久留里へ向かっての上りが始まる
23日午前10時48分、久留里へ向かっての上りが始まる
23日午前11時22分、JR久留里駅
23日午前11時22分、JR久留里駅
23日午前11時24分、10月15日は鉄道開業150周年の記念日だった
23日午前11時24分、10月15日は鉄道開業150周年の記念日だった

久留里駅から長南町へはピークのたびにいかにも古くて雰囲気のあるトンネルが現れた。幅も狭くて車もすれ違えないため「先入車優先」。もっともこのマニアックな道に入ってから車はまったく見かけず、余計な心配をする必要もなかった。


23日午前11時50分、小湊鉄道の踏み切り
23日午前11時50分、小湊鉄道の踏み切り
23日午後0時過ぎ、次々と現れるトンネル
23日午後0時過ぎ、次々と現れるトンネル
23日午後0時49分、長南町を走る
23日午後0時49分、長南町を走る

111キロ地点の大貫駅付近から房総半島を横断して177キロ地点の一宮海岸までの66キロは飽きることない風景が続き、いつまでも走っていたい区間だった。


一宮海岸の2番目の通過チェックのコンビニには午後1時21分に到着。グロスの平均時速は18・9キロで、貯金は2時間半ほどとまずまずのペースだ。


ここからはいよいよ「九十九里ビーチライン」(県道30号線)に入り、241・9キロ地点の銚子を目指す。


23日午後1時25分、九十九里ビーチラインに入る
23日午後1時25分、九十九里ビーチラインに入る

キューシートによると、まず18・5キロを直進。そこで左折し、片貝漁港入口交差点を右折した後は26・2キロを直進。足川浜で右折し、次は6・1キロ先を左へ。最後は10・7キロをまっすぐ走って銚子駅へ向かうことになっている。


終盤に多少の上りがあるようだが、ほぼフラット。そして「ビーチライン」という愛称となっているにもかかわらず、海はまったく見えない。数回、川を渡るその瞬間に垣間見える程度。要するに変化がまったくない道なのだ。この道は逆の銚子から16年前に走ったことがある。何となく海が見えた記憶があったので期待していたのだが、見えるのは海水浴場への入口だけだった。


23日午後1時47分、白子町。真っ直ぐに伸びる九十九里ビーチライン(県道30号)
23日午後1時47分、白子町。真っ直ぐに伸びる九十九里ビーチライン(県道30号)
23日午後2時8分、九十九里町
23日午後2時8分、九十九里町
23日午後3時2分、山武市蓮沼。銚子まで36キロ
23日午後3時2分、山武市蓮沼。銚子まで36キロ

実は16年前は銚子の先から県道を外れ「飯岡九十九里自転車道線」という海沿いのサイクリングロードを走っていた。このため太平洋が見えたようだ。


23日午後3時42分、飯岡九十九里自転車道線への道標
23日午後3時42分、飯岡九十九里自転車道線への道標
06年9月3日に走った飯岡九十九里自転車道線
06年9月3日に走った飯岡九十九里自転車道線

沿道にある焼きハマグリの看板にもそそられたが、時間がかかりそうで先を急ぐ旅には不向き。牛丼店など20分以内で食べられるファーストフードの店を探したが、見当たらず。仕方ないので用意していたカロリーバーで何とか腹を満たした。


信号がないのも玉にきずだった。時間を稼げるが、走る事に飽きてもペダルを回し続けるしかない。そうか、この変化がなく退屈な真っ平らな直線で不屈の精神が試されているのか。そう思いながら、漕ぎ続けた。


長くて辛い65キロを走り終え、銚子駅にたどり着いたのは午後4時43分。グロス平均時速は19・0キロで、この時点での貯金は3時間半ほどと、九十九里で1時間の貯金を稼ぎ出した。不屈の精神を発揮した甲斐があったようだ。


23日午後4時43分、銚子駅到着
23日午後4時43分、銚子駅到着
23日午後5時1分、銚子はJR東日本が設けたサイクリストの移動基地、BOSO BICYCLE BASE(B.B.BASE=房総バイシクルベース)でもある
23日午後5時1分、銚子はJR東日本が設けたサイクリストの移動基地、BOSO BICYCLE BASE(B.B.BASE=房総バイシクルベース)でもある
23日午後5時1分、JR銚子駅
23日午後5時1分、JR銚子駅

銚子は太平洋岸自転車道の起点でもある。神奈川県、静岡県、愛知県、三重県、和歌山県の各太平洋岸を走り、和歌山市にいたる1487キロの自転車道で、ナショナルサイクルルートにもなっている。神奈川のサイクリストである自分にとってもお馴染みのロゴマークが路面にペイントされていた。


だが、悔しいことにその起点のオブジェを見つけることができなかった。というか、あることも知らず、他の参加者たちのSNSでその存在を知った。駅前のロータリーを回ったので見逃すはずはないし、おかしいな、どこにあったんだろうと後日調べると、ロータリー内ではなく駅の少し先にあった。「日本初の修学旅行到達の地」の碑はすぐ分かったんだけどね。次回こそ、と思うのだが、またあの変化のない道を走るのかと思うと…(^_^;


ちなみに日本初の修学旅行は明治19年に行われた「長途遠足」だったという。東京師範学校の生徒99人が同年2月15日、徒歩で東京を出発し、習志野、佐倉、成田を通り佐原から船に乗り20日午前8時に銚子唐子村に到着した。21日に海浜でドレッグ・トロールの使用法・海藻乾燥法の実習をしたのち、八日市場、東金、千葉を経て25日に帰京し、11日間の行程を終了した。関東1周を自転車で走るより、数倍の不屈の精神が必要だったに違いない。


23日午後4時43分、「日本初の修学旅行到達の地」の碑
23日午後4時43分、「日本初の修学旅行到達の地」の碑

さて、日も落ちてきてここからはナイトラン。仮眠予定の水戸のホテルまでは90キロ。ヘルメットライトをつけ、レッグウオーマー、アームウオーマー、ウインドブレーカーを着込んで薄暗くなってきた銚子を後にした。(この項続く)【石井政己】