<W杯アジア最終予選:イラン2−1日本>◇25日◇テヘラン
【テヘラン25日=岡本学、西尾雅治、山下健二郎】日本が、B組3位に転落した。12万人の観客で埋まったアサディ・スタジアムでのイラン戦は、前半25分に先制点を献上。後半21分にMF福西崇史(28=磐田)のゴールで追いついたが同30分、イランFWハシェミアンに突き放されて1−2で敗れた。バーレーンが北朝鮮を2−1で破ったため、日本はW杯出場が決まる2位以内から後退。MF小野を累積警告で欠くなど厳しい状況で迎える30日のバーレーン戦へ、MF中村はシステム見直しをジーコ監督(52)に直訴することも示唆した。
勝ち点3のもくろみは、大観衆にのみ込まれた。前半から積極的にプレスをかける。次々とシュートも狙う。だが、結果は1−2。ジーコジャパンがアジア勢に敗れるのは03年5月31日の韓国戦以来、1年10カ月ぶり。03年12月4日中国戦を皮切りに続いていた公式戦連勝も13で止まった。そして、最終予選わずか2戦目とはいえ、W杯出場「安全圏」のグループ2位以内から陥落。2年近くアジア相手に負けを知らなかった日本にも、見えないアウエーの重圧がのしかかった。
MF中田英を11カ月ぶりに招集し、W杯予選では昨年11月のシンガポール戦以来の4バックで臨んだ。だがサイド攻撃を封じる狙いは、イラン攻撃陣の鋭いドリブルに徐々にほころぶ。イランの1トップに4バックで対応するはずが、ふたを開ければ2トップ。前半25分にはセットプレーから失点。後半21分、MF福西のゴールで追いついたが、9分後にMFカリミに左サイドを突破され、FWハシェミアンに決勝ゴールを許した。これまで計算通りに勝利を重ねてきたジーコ監督の狙いは、アウエーで微妙にズレが生じていた。
全勝できるほど、最終予選は甘くない。だが常に節目で対戦してきたイラン相手の1敗は、ただの1敗で終わらない可能性もある。93年ドーハでは、イランに敗れW杯米国大会への道を閉ざされた。97年W杯最終予選は、イランとのアジア第3代表決定戦を制しW杯初出場を果たした。そして昨夏、1次リーグでイランと0−0で引き分けたアジア杯は、そのまま無敗で優勝した。「ホームで確実に勝って、ひとつでもアウエーを取れば確実にW杯に行ける」。そう話していたジーコ監督は後半17分すぎからFW柳沢、MF小笠原、FW大黒と次々に攻撃的なカードを切って勝ち点奪取に執念を見せたが、それも実ることはなかった。
これで30日のバーレーン戦は、一気に厳しい状況での戦いになる。MF小野は後半26分に警告を受け、バーレーン戦は累積警告で出場停止。攻めに出なければ得点できないが、反面、この日も北朝鮮を仕留めたバーレーンの鋭く、正確なカウンターのえじきになる危険性も秘める。それだけにMF中村は「控室ではヒデさんから(バーレーン戦に向け)『監督も交えて話そうか』という話になった」とシステム、戦術の見直しを監督に直訴することも示唆した。「とにかく今日の1敗を引きずらないこと。次、勝つことで(予選突破の)可能性は十分ある」。敗戦後、強い口調で言ったジーコ監督。その言葉を現実にできなければ、ドイツへの道はまさしく、いばらの道と化す。
[2005/3/26/09:24 紙面から]
写真=後半、左サイドを駆け上がった中田英だが、自分へのパスが通らず天を仰ぎ絶叫する(撮影・栗山尚久)
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