<国際親善試合:日本1−0アンゴラ>◇16日◇国立
日本代表MF松井大輔(24=ルマン)が、年内最終戦で鮮烈な代表初ゴールを決めた。W杯出場を決めているアンゴラ戦の後半21分から途中出場。ドロー寸前の同45分に、ヘッドで1−0となる決勝弾をたたき込んだ。A代表4戦目の初ゴールは、初シュートから生まれた。昨年アテネ五輪後にルマンに移籍して急成長し、凱旋(がいせん)試合でジーコジャパンの05年を締める活躍。W杯メンバー23人枠入りへ、松井が強烈なインパクトを残した。
最後の最後で、がけっぷちに立たされていた男が、驚異的な勝負運を発揮した。後半ロスタイムに入る直前だ。MF中村が逆サイドに振った右クロスをFW柳沢が中央へヘッドで折り返す。ファーサイドで待ち構えていたのは、松井だった。身体能力の高いアンゴラDF陣との競り合いを避けた絶好のポジション。軽々と跳び上がって、頭を振った。代表初ゴールがネットに吸い込まれる。三都主と抱き合い、舌を出した。夢に見た至福の瞬間が、ついに訪れた。
Aマッチ4戦目にして初めて打ったシュートがゴールになった。「ベンチで待っているとき? なかなか決まらなかったので、出たら決めようと思っていた」。2年前の悔しさが力に変わった。初招集された03年コンフェデ杯。コロンビア戦で16分間プレーして代表デビューしたが、結果を残せなかった。「観光に来たわけじゃない」。無念の思いを胸に刻み、ジーコジャパンでその量に驚かされたシュート練習を京都に帰ってからも続けた。
韓国代表で戦う親友の存在もある。京都時代にカラオケで日本語を教えたMF朴智星。その友は02年W杯で4位に食い込んだ韓国の原動力となり、PSV、マンチェスターUへとステップアップした。「ずっと海外に早く行ければと思っていた。その中に代表が入ってくれば」。後を追うように昨年アテネ五輪後にルマンに移籍。強靱(きょうじん)な海外の選手にもまれる中で、技術に力が加わった。練習で肌を合わせたアテネ五輪組の駒野も「体の強さが全然違う」と成長を感じ取っていた。
W杯まであと7カ月。サバイバルは激化している。10月の東欧遠征で「もう1度見てみたい」と言ったジーコ監督は、その言葉に応える活躍に「何とか23人の枠に残ろうという気持ちを見せた」と絶賛した。残る国際Aマッチデーはこの日を含めて2回だけ。欧州組の松井にとって貴重なチャンスだった。アンゴラ戦までAマッチ3試合で0得点0アシスト。だからこそ「数字」に強くこだわっていた。「代表は数字で表されるところ」。抜群のテクニックがあっても、中田英、中村、小野らがひしめく中盤では生き残れない。代表4戦目で刻み込んだ1点の意義は大きい。
だが、まだ危機感がある。「1点決めても余裕はない。クラブに帰っても監督が怖いんで、頑張らないと」と気を引き締めた。11月16日は日本サッカー界にとって記念すべき日。初めてW杯出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」から8年。当時のメンバーは中田英と川口しか残っていない。新しい星となった松井は、06年ドイツへ向かって走る日本代表で生き残るために戦い続ける。【広重竜太郎】
[2005/11/17/09:25 紙面から]
写真=後半45分、頭で決勝弾の松井(撮影・宇治久裕)
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