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2005/7/4

サッカー、野球に負けないために
バスケットボールの元日本代表の司令塔として、多くの国際経験を積んできた佐古賢一選手(34)。同じ代表でも、サッカーと注目度の全く違う日の丸プレーヤーとしての心境を包み隠さず、語ってくれました。【構成:飯田みさ代】
中原 あっ、そうだ! この間、ファンの人から「これ、佐古さんに渡してください」とプレゼントを頼まれたけど、持ってくるの忘れたわ。
佐古 いすゞのときから、よくありました…すみません。
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| バスケットの認知度、注目度を上げようと活動する佐古選手 |
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中原 「佐古さん呼んで来てください」ってのもあったもんね。さすがに「オレも選手、選手。一緒のジャージ着てるやん、マネジャーやない」って言いたくなったことも。実話ですからね。ホンマ、ようこのネタ使わしてもらった。周りが笑っているうちはいいかなと。ウハハハ。まあ、それだけバスケット界で「佐古賢一」っていうのは、人気も影響力もあるということだよな。
佐古 ある意味、そういったことを利用して、今、いろいろなことにチャレンジしてるんです。
中原 テレビや雑誌などで活躍の幅を広げているね。
佐古 自分がメディアに露出したり、クリニックをしたりすることで、バスケットの認知度、注目度が上がって欲しいと思っているんです。まずは、バスケット選手が、芸能人やいろいろな立場の人たちと対等に話していることを見せることが必要だし、大事だと思うんですね。別に、オレを応援してくれなくていいんです。みんな正直だから、自分で好きな選手を見つけますから。ただ、自分がきっかけとなって、バスケットに目を向けてくれればいいし、身近に感じてもらって会場に足を運んでくれればいい。
中原 「バスケットの佐古さん」という位置付けになるから、バスケット界にとっては願ってもない宣伝になる。特に子供たちは好奇心旺盛だから、JBLの存在を知り、所属チームのアイシンを見るようになる。それがバスケット界に大きな影響を与える。
佐古 一端の現役選手がやることじゃないという批判があるのも事実だし、皮肉交じりに「有名人になったねえ」と言われることもあります。だいたい、この年からスーパースターになってやろうといった野心があるわけないじゃないですか。ただ、子供たちの中にあるバスケットのイメージが、サッカーや野球に比べて低い位置付けになると寂しいし、この先の発展に影響すると思うから、歯止めをかけなければいけないと思うんです。
中原 こんな熱い気持ちをもって活動していることを理解して欲しいよな。シーズン中なんか、正直、体を休めたいときもあるだろ? それでも、バスケットを広めたいという一心で、愛知から東京まで出てくるんだから。でも、これは「宿命」かもしれないな。何事も人と違うことを最初にやると、あれこれ言われる。
佐古 チューさんたちがテレビで解説したり、インターネットで活動したりすることも大事なんです。オフコートでの活動が、新たなファン層を開拓していきますからね。ただ、自分はまだギリギリのラインで現役だから、チューさんたちとは違ったことができると思って、そういったことに取り組んでいきたい。
中原 そう、まずは1歩1歩取り組んでいかないと。
31年ぶりの快挙、出迎え10人にガッカリ
佐古 この間、サッカーのW杯アジア最終予選があったとき、日本は大フィーバー。アウエー戦に臨んだ選手たちは、負けたら帰ってこられないような覚悟があったと思うんです。でも、バスケは平気で帰って来られる。惨敗しようが。これが決定的な違いですね。
中原 同じ日本代表なのに、注目度が全く違う。
佐古 自分が日本代表だったとき、本当にがっかりしたことがあります。98年、自分たちは31年ぶりに世界選手権の切符を獲得しました。さぞかし日本は盛り上がっているだろうと、意気揚々と帰国したんですが、空港で出迎えてくれた人はたった10人。それもみんな関係者ばかり。
中原 サッカーだったらドエライことだよな。
佐古 大変な騒ぎですよ。テレビで大々的に報じられ、新聞だって1面ですよ。
中原 今考えてみても、31年ぶりなんてすごいことなわけだよ。あの時、僕はまだ現役で、ケンは20代後半。前回大会のことを何も知らない世代が、日本を世界に連れて行ったわけだからね。
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| バスケット界の発展を考える佐古選手 |
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佐古 それでもあの程度の関心でしょ。あのとき「やっぱり、五輪に出なきゃだめなんだ」って思いました。日本で「五輪」は特別な意味を持ちますから。だから五輪ならもっと自分を高められると信じて、99年、福岡で行われたアジア最終予選に臨んだわけですが。
中原 「アトランタ五輪出場確実」と言われていただけに悔しかったな。
佐古 2週間前の大会でケガ人が続出。韓国に逆転負けし、台湾にも負けて…最悪でした。自分の中でも、第一線でやれるのは最後だと心して臨んでいたから5、6位決定戦のコートに立ったときは涙が出てプレーできなかった。「今の日本の力はこんなんじゃねえんだ。優勝するためにここに来てるのに、何でこんな5、6位決定戦に出なきゃならねえんだ」って。あのときだけは自分の力のなさに涙して、プレーできなかった。
注目されれば、それだけで強くなる
中原 日本のバスケは、注目されるチャンスを逃してしまった。でも、来年は日本で世界選手権が開催される。NBAのトップ選手が集まるビッグイベントだから、目を向けさせる大きなチャンスなわけだ。
佐古 そうですね。さっきも「見られることで選手は頑張れる」って言いましたけど、スポーツ選手は見られることが刺激になって、モチベーションが上がるんです。そういった目が多ければ多いほど、成長していけるし、努力できるし、頑張れる。チームの中でもそう。ヘッドコーチが自分を見放して、孤立したら頑張れない。コーチが見ててくれる、声をかけてくれるから、それだけで頑張れる。選手ってそんなものです。よく「自分のために頑張る」と言う選手がいるけれど、その核心には「周囲の目に対して、結果を出したいという欲求」があるんです。逆に言えば、自分をもっと高めたいという欲求を満たすには、より多くの目が必要になる。
中原 トップ選手になればなるほど、そういった気持ちは強くなる。
佐古 技術的、戦術的うんぬんを言う前に、バスケの日本代表も注目が高まれば、それだけで飛躍的に強くなると思います。来年は日本で世界選手権が開催されるんですから、ぜひ日本代表に注目し、声援を送ってもらいたい。
中原 ただ、田臥(勇太)君がNBA入りしたこともあって「バスケ=NBA」のような構図ができている。日本代表がスルーされてしまっているような。
佐古 日本代表よりも、NBA選手になりたい子供が多いというのは、注目の度合いですよ。NBAはいつもほぼ満員で、見る目の数、歓声の大きさが違う。そこに尽きますね。挑戦する自分を高めてくれるものは、モチベーションでしかない。もちろん、収入なんかじゃない。
中原 収入を考えたら、何もできないからな。
佐古 結果だって、注目されたいから残すんです。僕は高校生のとき、当時からものすごく人気のあった「能代工」を倒すという、この1点のためだけにプレーしていました。「ここに勝てば、日本一になれる。注目される」と信じて。でも、大学に入って注目されなくなった途端、「やめちゃおうかな」と。そんなもんですよ。バスケって新聞の扱いも小さいじゃないですか。全日本やリーグ戦で優勝したって、こんなちょっとですけど、勝たなきゃ1行も載らない。だから自分を、チームを少しでも見てもらいたいために必死で練習したんです。
中原 バスケットは、だれもがやったことのあるスポーツで、男女ともあるから中学、高校生の競技人口も多い。なのに人気や注目度は野球、サッカーに負けている。
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| 握手をする佐古賢一選手(右)とチュー中原 |
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佐古 やはり、バスケット界が発展するためにはプロになること。プロになったときに何が1番大切かというと、注目を集めること。この相関関係がうまくいかないとダメだと思うんです。今はすべてが悪循環。注目されるために「結果を出せ」と言うけれど、そのために必要なことが圧倒的に足りない。バックアップのシステムだとか、環境だとか、メディアの露出だとか。足りてると思っているものも、理想の半分も満たない。理想には絶対に追いつかないものだけど、1歩でも近づこうとするのが進歩。
中原 現実ばかり目の当たりにして、1歩も踏み出さないのがこれまでの日本だったけど、ケンのような選手も動き始めた。殻を破らなくちゃな。
佐古 今は、野球やサッカーに運動能力のある子供たちが取られている状況だけど、バスケット界を盛り上げるには、スーパースターの存在も必要になってくる。将来有望な人材を確保し、バスケットを続けてくれるようにしなければならないですよね。バスケットは面白いということを教えて、伸ばしてあげたいんです。彼らが大人になったとき、バスケット環境がいい世の中になっていれば、僕らもそれで仕事をもらえるようになるし。
中原 いろいろと、いい感じで回っていく。
佐古 今は、そんな先のことや収入や利益のことは全く考えず、夢に向かって突き進むだけです。
中原 アマチュアリーグに所属するプロ選手として、やらなければならないこと、やれることにぶつかっていくということだな。
佐古 今後、リーグがプロとなり、選手の周囲が華々しくなったとき、カバーしたり、ガードしたりする人間にもならないと思うんです。若い選手が勘違いしてつぶれてしまったら、何にもならないですからね。そういったことを教えたり、諭したりする人間になっていかないといけないかな。
中原 ケンが必要とされる場は、これからもたくさんありそうだな。【第2回終了】。
◆佐古賢一(さこ・けんいち)
1970年7月17日生まれ。横浜市出身。北陸高3年時、高校総体で全国制覇。中大時代の3年生から全日本入り。93年、いすゞ自動車入社。3年目から日本リーグ(JBL)2年連続MVPなどの大活躍で、チームも常勝軍団へ。全日本では10年連続司令塔としてチームを率い、31年ぶりに世界選手権出場という快挙も達成。02年、いすゞ自動車の廃部に伴い、アイシンへ移籍。同時にプロ宣言。179センチ、80キロ。家族は妻、1男2女。www.sakoken.net
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◆チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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