<箱根駅伝V2 青学大・原監督が提言>

 男女マラソンの低迷が叫ばれて久しい。日本勢が20年東京五輪で躍進するためのカギは何か。今年の箱根駅伝で連覇を果たした青学大の原晋監督(48)が、独自の強化策を提言した。いまだに忍耐、根性重視の日本マラソン界を徹底批判。真のナショナルチーム設立と指導者選択の自由など大胆な改革案をぶち上げた。国民的な人気を誇る箱根駅伝がマラソン強化の妨げになるとの意見については「箱根は競技人口拡大のツールであり、強化の主軸ではない」と反論した。【取材・構成=田口潤

<指導者と合わずに日本の宝がたくさんつぶれている>

 日本マラソン界には長年「忍耐」「根性」「努力」とのイメージが染み付く。「ハッピー大作戦」を掲げて箱根駅伝を連覇した原監督は、その画一的な考えが、低迷の一因と主張する。

 原監督 円谷さんから始まり、瀬古さん、宗さんの時代以来「マラソン=過酷な練習」との呪縛にとらわれている。走る量をこなすことのみがすべてという根性論。昔は“辛抱しろ”が日本の美徳だった、今はそんな時代ではない。

 1月31日の大阪国際女子で優勝した福士加代子はマラソン練習の基本といわれる40キロ走を1度もしていない。

 原監督 選手によってタイプが違う。例えば箱根駅伝でも(5区で山の神と呼ばれた)神野(大地)は夏以降に30キロ走を毎年10本以上こなした。一方で(1区の)生まれ持った持久力のある久保田(和真)は4年間で30キロ走は数回のみ。久保田に距離走を押しつけたら、壊れて、ただ疲労だけがたまり、精神的に病んでいただろう。選手の個性に合った指導が大事になる。

<自由移籍認めよう【指導者選択制】>

 陸上だけでなく、日本のアマチュアスポーツの場合、1度入った実業団からの移籍は簡単ではない。指導法が合わないと思っても、選手は黙って従わざるを得ない。

 原監督 指導者と合わずに、日本の宝がたくさんつぶれている。上意下達の指示命令型組織が実業団の主流。川内選手のような異端児を認める雰囲気、土壌もない。選手目線に立ち、指導者を選べる時代にしていかないと。わがままな選手はだめだが、意識の高い選手の移籍は自由にするべき。職業選択の自由があるのだから。

<代表監督置くべき【真のナショナルチーム創設】>

 14年4月、日本陸連は男女マラソンのナショナルチーム(NT)を発足させた。年間数回の合同練習を行い、日本陸連の強化委員会が直接指導した。当初は世界大会の代表優先権もあったが、それも昨年白紙撤回し、男子の川内優輝はNTを辞退した。原監督は「考えはいいと思うが、本質がまったくない」と切り捨てた。

 原監督 ただ形だけ有力選手を集めて、各所属に指導を委ねていたのでは意味がない。「駿足ジャパン」と銘打って、代表監督を設置。その監督が責任を持って、東京五輪までの4年計画を作成し、指導する。選手は各所属から陸連に出向。フィジカルコーチ、トレーナー、栄養士、ドクターもつける。

 昨年のラグビーW杯で日本代表を躍進させたエディー・ジョーンズ氏(現イングランド監督)はW杯前、約120日の長期合宿で集中して鍛え上げた。

 原監督 エディーさんが日本協会と戦って、従来の概念を変えた。だから監督はエディーさんのように、しがらみや派閥のない人が適任。前早大監督で、住友電工監督の渡辺康幸氏らが候補になる。

<ケニアに勝とうよ【フィジカルコーチ】>

 青学大では2年前から独自の体幹トレーニング「青トレ」を導入した。青学大選手のフォームは他大学と比べ、姿勢が良く、腕の振りもなめらかだ。

 原監督 日本は運動用具、ウエア、サプリメントを含めた栄養面では世界一。そして国民性も勤勉。ただフィジカル能力だけは劣っている。なのに、いまだに旧態依然の腕立て、腹筋、背筋などの補強トレーニングがはびこる。そうではなく、加速力を増すフォームのために何をすべきか。肩甲骨を大きく動かし、腕の可動域を伸ばす。ジュニア時代から実用的なトレーニングをすることで、効率の良い走りを確立する。身体能力の高いケニア勢に勝つためには、車で例えるといかに燃費良く、効率の良い走りを追求するしかない。

<金の卵に枠与えて【大学生の初マラソン挑戦を奨励】>

 28日の東京マラソン。トップ競技者のエリート枠に入るためには2時間21分以内の公認記録がいる。初マラソンの選手はユニバーシアード大会メダルなどの例外はあるが、基本的にエリート枠には入れない。青学大からは5人が初マラソンに挑戦するが、そのうち3人は準エリートでの出場になる。

 原監督 初マラソンの大学生がエリート枠に入りづらい。エリートとその下の準エリートでは、スタート位置、ウオームアップの場所、控室など、待遇がまったく違う。何回走っても2時間20分前後の中堅、ベテランをエリートで走らせるのなら、初マラソンの大学生にエリートの門戸を広げてほしい。今の大学生は東京五輪の金の卵なのだから。

<人気拡大徹すべき【駅伝悪玉論否定】>

 マラソンの低迷の要因として駅伝の悪影響を説く人が少なくないが、駅伝悪玉論は明確に否定する。

 原監督 そもそも駅伝を強化に直結させようとするからおかしな発想になる。駅伝はあくまでも競技人口拡大のツールの1つ。箱根の山登りをしたからといってマラソンの強化には関係ないと割り切るべき。駅伝はエンターテインメント性を高めて、さらに人気を盛り上げることに徹する。強化を図る上で、競技をメジャーにして、競技人口を増やすことは大前提になる。

 人気の箱根駅伝がある一方で社会人最高峰の全日本実業団対抗(ニューイヤー)駅伝の注目度は低い。いわゆる逆転現象が起きている。競技人口を増やすためには本末転倒の現象だ。

 原監督 実業団のチームには有名企業がそろう。お金を出し合って事前番組を盛り上げる。箱根は都心から湘南を通って、温泉街を駆け抜けて箱根の山を登る。風光明媚(めいび)なコースも魅力。ニューイヤー駅伝も、関ケ原をスタートして京都を経由して御堂筋を通って大阪城をゴールにすればいい。ただ順位をつければいいわけではない。ドラマを生むためには、筋書きのあるコースが必要。山の神など箱根のスターがどんどん社会人に行く。ソフトはあるのだから、あとはコースなどハードを整えれば、自然と盛り上がる。

見出し:最高峰の大会 閑古鳥鳴いていては選手の励みにならない

<AKBも嵐も呼ぶ【日本選手権5万人動員大作戦】>

 陸上の日本選手権の会場が超満員になることは近年ほとんどない。

 原監督 最高峰の大会なのに、閑古鳥が鳴いていては選手の励みにならない。賛否両論はあるだろうが、AKB48、嵐など人気グループを呼んで、とりあえず満杯にする努力をしてもいいのではないか。いくらアマとはいえ、会場が満員になれば、やる気が出るし、力も引き出される。陸上以外のファン層拡大にもつながる。見られることで必ず競技力は上がるし、それが強化につながる。

 原監督は、箱根駅伝に関しても、関東ローカルではなく、全国の大学に門戸を開くべきとの持論がある。常識にとらわれず、当たり前の疑問を持ち、少し頭をひねる。それだけで小難しい改革論ではなく、明るく前向きな夢が広がる。今回の提言も、決して無理難題ばかりではない。陸上界の異端児の声に耳を傾ける価値は大きい。

 ◆原晋(はら・すすむ)1967年(昭42)3月8日、広島県三原市生まれ。中学で陸上を始め、世羅3年時に全国高校駅伝準優勝。中京大に進学し、3年時のインカレ5000メートル3位。89年中国電力陸上部創設とともに入社したが、95年に引退。同社で営業職を務めた後、04年4月に青学大陸上部監督に就任。09年大会で、33年ぶりに箱根駅伝出場に導く。就任11年目の昨年は「ワクワク大作戦」で総合初優勝。今年は「ハッピー大作戦」で39年ぶりに全区間1位で連覇した。176センチ、81キロ。

 ◆青学大の2016年箱根駅伝連覇VTR 往路は1区の久保田がトップに立つと、4区までの3区間で区間賞を獲得して独走。山登りの5区でケガの不安があった神野主将も差を広げ、1度もトップを譲らずに往路を制覇した。復路でも往路に続き、1位を走り続ける完全優勝で総合2連覇。2位東洋大に7分11秒差をつける10時間53分25秒で、77年の日体大以来39年ぶりに全10区間1位を並べる快挙を遂げた。

(2016年2月24日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。

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