念のために回していたテープレコーダーを、思わず何度も聞き直した。7月19日、浦和対広島戦。試合後のミックスゾーンで、浦和MF高木俊幸(24)は確かにこう言った。

 高木 自分にとって、これ以上、残酷な状況っていうのはないのかなと。

 憔悴(しょうすい)しきった表情。長いまつげには、涙の余韻も残っていた。

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 この試合、MF梅崎が右ふくらはぎの張りを訴え、出場を回避。好調を保っていた高木に、4月29日甲府戦以来、約3カ月ぶりの先発機会がめぐってきた。

 持ち前のスピード、技術、キックの精度が、この日は特にさえた。前半23分。MF柏木の浮かせたスルーパスに、右サイドから斜めに走り込み、広島のDF水本、佐々木の間をきれいにすり抜けた。

 佐々木に後ろから倒され、PKを獲得。高木は興梠に一言断り、自らペナルティースポットに立った。広島守備陣が、直前のプレーでハンドがあったと、吉田主審に猛抗議する。背番号31は雑音を拒むように、ゴールと人の輪に背を向けて、手にしたボールをじっと見つめた。

 「左に蹴ると決めていた」。思い切り振り抜いた右足シュートは、左ポストのわずか内側、ほぼ完璧なコースに飛んだ。

 しかし広島GK林もまた、完璧な挙動をみせた。コースを読み切り、横っ跳びで伸ばした右手が、ボールをはじき出した。試合はその後、浦和が1点を先制。しかし2点目が遠く、カウンターから2得点した広島に1-2と敗れた。

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 試合後、途中交代で退いていた高木は、MF平川に支えられて、ようやくピッチに歩み出た。タオルで顔を覆い、肩が震える。おえつが止まらないのは、記者席から遠目に見ても明らかだった。

 たった1本のPKミス。たった1試合の敗戦。しかし、この日は重みが違った。浦和は今季第1ステージ開幕以来、リーグ戦19戦無敗を続けていた。

 主力が積み上げてきた記録を、代役の自分のミスで止めてしまった-。決して1人の責任ではない。しかし生真面目ゆえの自責の念は、止まらない涙、そして「残酷」という重い言葉になってこぼれ出た。

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 野球でも。サッカーでも。ゴルフでも。1プレーを機に大ブレークする選手と同じくらい、1プレーを機に消えていく選手を見てきた。高木の思い詰めた様子に、今後が気になった。

 だから高木について、浦和のペトロビッチ監督に聞いた。杉浦大輔コーチの通訳を聞いている彼の横顔を見ていると、その質問を待っていたようにも思えた。

 ペトロビッチ監督 広島戦は内容では負けていないし、トシのプレーも、むしろすばらしかった。武藤が活躍し、日本代表に入ったが、彼と同じくらい活躍できる選手だと思っている。「浦和は今季初めて負けたが、この試合で武藤に続く若い戦力がもう1人出てきた。それは勝ち点3以上に値する」という新聞記事を期待していたほどだ。

 そしてペトロビッチ監督は、次の名古屋戦までの間、ミニゲームで常に高木を主力組でプレーさせた。そして当然のように、名古屋戦で先発起用した。

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 昔のことを思い出した。

 05年4月9日、千葉対大分戦。千葉は開始5分で2失点した。するとオシム監督は前半10分、失点に絡んだ19歳のDF水本を、早くもベンチに下げた。

 オシムさんは厳しさをもって知られていた。懲罰交代か-。そう思ったが、本人の考えは違った。

 「悪いイメージのままプレーさせては、今後に響く。水本には将来があるのだから」。そして中3日の磐田戦で、何事もなかったかのように先発起用した。

 水本は今年、30歳を迎える。そして8月の東アジア杯でも、ハリルジャパンの一員としてプレーする。

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 7月25日、名古屋対浦和戦。高木は前半19分、柏木へ見事なラストパスを通し、先制点を演出した。しかし、チームは前半22分に退場者を出したこともあり、1-2で敗れた。

 それでもスピードと精度の高いキックで、再三チャンスをつくる高木のプレーは、この日も輝いていた。「勝ちにつながる結果が出せていないので、満足はできません。でもいいプレーができているという手応えはあります」。ゆっくりと、静かに語る様子は変わらないが、言葉には今までにない力が宿っていた。

 1年半ぶりにリーグ戦で連敗したことに、チーム状態を危ぶむ声もある。さかのぼれば「連続無敗記録を続けている大事な試合で、高木にPKを蹴らせるべきだったのか」などといった議論もあった。

 しかし、ペトロビッチ監督とクラブはもう少し先を見据えて、かけがえのない才能を育てている。名伯楽は、練習場の強い日差しに焼けた顔で言う。

 ペトロビッチ監督 おそらくシーズン前は、武藤や高木がこれほど活躍するとは誰も思っていなかっただろうし、期待もしていなかっただろう。しかし監督という立場の人間は、みなさんより早くそれを察知し、それに対して仕事をしないといけない。

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 挫折を乗り越え、飛躍を目指す若者のストーリー。こうした場に立ち会えるのは、取材者として、この上ない幸せだと感じている。

 そしてあらためて思う。監督のみなさんにはかなわないまでも、記者も若いアスリートの活躍の予兆を「察知」し、早くからブレークまでの道筋をフォローしはじめなければならない。

 他のメディアに先んじて、無名の選手の魅力を世間にプレゼンする。それこそが、毎日現場に足を運んでいる番記者の醍醐味(だいごみ)だ。そしてメディアが多様化する中でも、ユーザーのみなさんに胸を張ってご提供できる、スポーツ新聞最大のストロングポイントになりうるものだと、私は思う。

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 最後にもう一度、ペトロビッチ監督の言葉をお借りする。「Jリーグの日本人選手のレベルは、昔とは比較にならないくらい上がっている。みなさんもそこに注目した方がよい。世界で十分に戦える選手ばかりだ」。欧州で活躍する選手たちも、みなJリーグで育った選手ばかりだ。

 世界、世界と言っていて、ついついありがたみが薄れがちになる。ペトロビッチ監督に、思い出させていただいた。私たちの目の前にあるのは、まさしく宝の山だ。【塩畑大輔】

 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代に「舞浜河探検隊」の一員としてドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。趣味はゴルフだが、石川遼にも「素振り時のヘッドスピードが、ショット時には半分になる」と指摘される思い切りの悪さが課題。血液型AB。