静岡県の高校サッカー名門、清水商(現清水桜が丘)で監督を務めた大瀧雅良(おおたき・まさよし)さんが3日午前11時10分、静岡市内の病院で病気のため亡くなった。75歳だった。静岡市出身。同校をS12度(全国選手権3度、全国総体4度、全日本ユース5度)の日本一に導いた。
U-21日本代表の大岩剛監督、元日本代表の川口能活、小野伸二らを育てた名将。2012年秋から15年春まで静岡支局で取材した記者が追悼した。
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大瀧監督と初めて出会ったのは、記者が静岡支局に赴任して間もなくの2013年。草薙球技場での取材だった。まだ新天地に慣れておらず、昼食はコンビニで買おうと思っていたが、当時、周囲にはコンビニはなく…。昼ご飯を買えないまま過ごし、記者室で空腹に襲われ「あぁ、お腹すいた…」と独り言が出てしまった。すると、後ろから「これ、食べなさい」の声が。
振り返ると、清水商の名将、大瀧監督だった。静岡で有名な惣菜店「天神屋」の袋から、焼きそばのパックを記者に手渡してくれた。さすがに、初対面の方、かつ、著名な名将からいただくわけにはいかない。「大丈夫です」と断ると「まだ、たくさんあるから。たぬきもあるよ」とニッコリ。ご厚意に甘え、焼きそばをいただいた。
高校サッカー界では「厳しい」「怖い」監督として有名だったが、初めて出会った大瀧監督は柔和な「好々爺」。「たぬきもあるよ」のたぬきは、静岡で有名な「揚げ玉のおにぎり」だと後に知った。
静岡支局ではジュビロ磐田を担当し、大瀧監督の教え子、名波浩氏、田中誠氏、川口能活氏と出会い、川崎フロンターレ担当時代には風間八宏氏を取材。大瀧監督のDNAは現在のサッカー界に脈々と受け継がれている。そして、何の面識もなかった記者に、親切にしていただいた出来事は、13年を経た今でも忘れられない。【元サッカー担当・岩田千代巳】



