当然のことだが、ツアー取材の際は可能な限り、プレスルームを出てコースを歩く。歩いた分だけ、必ず収穫はある。8月23日、国内女子ツアーCATレディース第2日。朝から暴風雨のラウンドを、ずぶぬれになりながら取材した。昼ごろ、ようやく雨があがった。そんな時、めったにない「収穫」があった。

 10番パー4。上田桃子、イ・ボミの有力2選手の姿を求めて、ハーフターン直後の第15組に追いついた。フェアウエーを横切る横断道の手前で、選手たちの通過を待っていると、1人の選手がこちらに向かって頭を下げた。

 「おつかれさまです! ありがとうございます!」。一瞬周囲を見回してしまったが、どうやら横断道の入り口のロープを開閉する、ボランティアスタッフにあいさつしたようだ。選手の名前は、岡村咲。最終予選会8位の資格でツアーに参戦する、22歳になったばかりの若手選手だ。

 先週まで、12試合連続で予選落ち。それが今週は好調で、この時点で通算1アンダーの7位につけていた。久々にめぐってきた上位進出のチャンス。普通なら、自分のプレーのことだけで、いっぱいいっぱいの状況だと思う。しかし岡村は、ボランティアスタッフを見かけるたびに、可能な限りあいさつをしていく。

 ツアー取材を続ける中で、初めてみた光景だ。おそらく、ボランティアスタッフのみなさんにとっても、そうだと思う。だから、まさか自分にあいさつをしているとは思わず、あいさつをスルーしてしまう場面もある。それでも岡村は構わず、あいさつを続ける。ホールアウト後、理由を聞くと「あいさつは習慣なんです」とサラリと答えた。

 幼少時から父のしつけで、面識のあるなしにかかわらず、会う人みんなにあいさつしていた。しかも小学生のころからツアー戦のボランティアに参加していて、裏方として試合を支えてくれる人々のありがたみは、誰よりも分かっている。だから自然と、あいさつをしてしまうというのだ。

 屈託のない笑顔。実は裏で、壮絶な戦いをしている。せっかく今季大半の試合の出場権を得た岡村だが、一時はベストより10キロも体重が落ちてしまったりと、万全な体調で戦えていない。ツアー戦出場を続けながら、アレルギー体質改善の治療をしているからだ。

 高校に上がるまで、健康そのものだった。しかしその頃から、急に疲れやすくなり、ぜんそくも発症。18ホール回るのがやっとで、ラウンド後は練習のためにクラブを握ることすらできなかった。原因ははっきりしなかったが、医師からは「とにかく、スポーツを万全の状態で続けるのは難しい」と宣告された。

 今年の1月、たまたま出会った米国から来日していた医師から「アレルギーを疑っては」と助言された。米国に血液を送って検査すると、驚くような結果が返ってきた。卵、小麦、乳製品、キウイ、コーヒー、ゴマ、すいか…。日常口にしてきた食品の多くが、アレルギー反応を起こす抗原、アレルゲンだった。

 これらを食べるたび、内臓がアレルギー反応でただれる。疲労回復に必要なビタミンなどが吸収できず、慢性的に体調が悪かった。数カ月アレルゲンを摂取しなければ、症状が治まる可能性があるという。しかしツアーを転戦している先で、卵や小麦、乳製品を完全にはぶいた食事をとることは非常に難しい。

 治療は順調とは言い難い。そして食事制限すれば、体重も減る。目の前の試合へのコンディションも整わず、予選落ちが続いた。ストレスばかりがたまる。悩みは尽きない。

 それでも、岡村は笑顔であいさつをする。前述の10番パー4では、強風をモノともせず、第2打をピン右2メートルにピタリ。バーディーを挙げると、祝福するファンの求めに応じて、次々とハイタッチまでしていった。「私は世界で一番身近なゴルファーになりたい。その上で、結果も出していきたいんです」。

 その意気や良し。出口が見えないトンネルの中でも、高い志は強く輝いている。CATレディースでは、最終日終盤までトップ10に粘っていたが、最後はやはりスタミナが切れた。上がり4ホール3ボギーで29位。それでもファンの声援には、花が咲くような笑顔で応じた。取材する側の心にも、さわやかな風が吹きぬけていくような気がした。試練を乗り越え、いつかツアー戦の優勝スピーチで、笑顔の花を咲かせることを期待する。【塩畑大輔】