「野獣」松本薫(28)のぎらついた目が怖い。女子57キロ級準決勝。あおむけで石川に横四方を決められながら、右手を審判につきだし、さらに何かしゃべっている。待ての指示の有無を必死で確認するが、時間は無情に過ぎ、まさかの一本負け。松本はぶぜんとした顔で「待てという声で力を抜きました」と言い、審判から「待て」の声が飛んだと主張したが、関係者の話を総合すると、松本の勘違いだった。

 57キロ級の代表争いは松本がリードしており、この負けは影響しなかったが、経験豊富なロンドン五輪金メダリストにとっても予想外のアクシデント。西田審判長は「本人の勘違いです」と指摘し、所属先の中橋監督も「VTRを確認しました。観客の声でした」と、松本の勘違いを認めた。野性的な柔道が最大の魅力。ただこの日だけは、研ぎ澄ました五感のうち、聴覚だけが鋭敏になりすぎていたようだ。