競技者としての私は、まだまだアマチュア-。日本女子陸上選手で、初の金メダル獲得の偉業を果たした高橋は、そんな言葉をしばしば口にする。食あたりでダウン、練習でもないのに転んでアザをつくり、空揚げの骨をノドに詰まらせ周囲は大慌て……。確かにアスリートとして、究極までには至っていない。だが「天然野性児」的な一面が高橋の魅力。天然ボケの裏には、アスリートとしての使命感もある。
「最後は足が動かなかった」。そうはいっても、高橋はいつもの高橋だった。苦しそうなのに、精いっぱいの笑顔をためてのゴール。苦しい表情は、絶対に見せない。胸に込み上げるものがあっても、涙を流すことはしない――。そう感じさせる確固たるポリシーを、高橋は持っている。
「マラソンって、どうしても苦しいとか、つらいってイメージがありますよね。でもそうじゃない、きれいな景色も見えるし、駆けっこって本当は楽しいものなんです。それを少しでも私の走りで知ってもらい『よし、じゃあ自分も走ってみよう』なんて思われたら幸せなんです」。大学時代、白地図が色で塗られていくのを楽しみに、見知らぬ野原や町を走り回った。競技以前に、根っからの「駆けっこ」好きだ。
約2時間のレースのために、数カ月前から自分を限界ギリギリまで追い込むマラソンには、とかく「悲そう感」のイメージがつきまとう。だが、高橋の根底には常に、スポーツの原点ともいえる「楽しむ心」が流れている。この自然と前向きに取り組める姿勢が、苦しい練習を克服してくれる。自ら認める「プロ意識の欠如」は確かにあるが、それをもカバーする、走ることへの情熱、ひた向きさが高橋の原点だ。
「心」に加え、生まれ持った「体」が伴い、今の高橋がある。強さの秘密は言うまでもなく、ほかのランナーが持ち得ない、ポテンシャルの高さにある。平均心拍数(1分間)は、一般女性の約半分の30台中盤。あの全盛時の瀬古利彦や、宗兄弟クラスの心肺機能を持つ。心拍数が少ないほど、最大酸素摂取量が多くなり体内の血液循環をより大量に行えるわけだ。男子並みの月間1000キロの走り込みができるのも、この数字が示すようにいわば「ターボエンジン」を搭載しているからだ。
だから少々、太り気味でも短期間の走り込みで減らすことができる。五輪に臨むに当たり小出監督も、8月いっぱいはベスト体重(46キロ)の3キロオーバーまでを放任していた。すしをペロリと50個、ステーキなら1キロのキングサイズを平らげた逸話もある高橋。体調管理に不安を感じさせても、豊富な練習量がカバーしてくれる。
走ることに喜びを感じる「心」、それを引き出す身体能力は生まれ持ったポテンシャルの高さにある。そしてよく食べ、よく走る――。高橋の場合、強さの秘けつは単純明快。新しいタイプのマラソン女王は、名実ともに「世界一」の称号を手に入れた。【渡辺佳彦】
◇陸上界あげ大喜び
64年ぶりの陸上金メダル獲得という高橋の快挙は、日本陸連の重鎮を喜ばせた。桜井孝次監督(64)は「『オレが元気なうちに金メダルを取ってくれ』と言われていた青木前会長の念願をやっとかなえられました」と感無量だった。小掛照二副会長(67)も「陸上界あげて大喜びです。小出君の手腕を評価したい」とし、高橋本人へはもちろん小出監督に対する特別賞の授与も示唆した。
◇MIP賞設立も
日本選手団の八木祐四郎団長(71)は「五輪MIP賞」の設立を検討する考えも明かした。メダル獲得選手への報奨金とは別に感動を与えた選手と役員が対象。柔道100キロ超級篠原信一らが対象とみられる。(2000年9月25日付日刊スポーツ)


