阪神のDeNAとの首位争いは、59年ぶり3度目の「リターンマッチ」である。11日からは、1ゲーム差で直接対決3連戦を迎える。阪神がセ・リーグ初優勝を果たした62年、そして2度目Vの64年はいずれも、DeNAの前身である大洋ホエールズと競り合ってつかんだ栄冠だった。
当時の大洋を率いていたのは、名将・三原脩監督。西鉄(現西武)の黄金時代を築いた後、60年に大洋に転じた。そして前年まで6年連続最下位だった弱小球団を、いきなり日本一へと引き上げた。球史に残る策士を相手に戦っての、堂々たる王座だった。
◆62年
小山正明、そして村山実。球史に残る大投手2人を巧みに使いこなした、藤本定義監督の手腕が光った。球団に初めて、ローテーションという概念を導入。2人に適度に休みを与え、万全な状態に整えてからマウンドへと送り出していた。
シーズンでは残り20試合を切る前後から、大洋と抜きつ抜かれつの展開に。9月25、26日の直接対決2連戦に連敗し、首位を明け渡した。
ところが、ここから息を吹き返す。29日から大洋が、巨人にまさかの3連敗。一方の阪神は国鉄(現ヤクルト)に3連勝し、マジック1。10月3日の広島戦で小山が完封し、セ・リーグ初優勝を決めた。
◆64年
前年オフに「世紀のトレード」を行い、世間をあっと言わせた。大黒柱の小山を大毎(現ロッテ)へ放出し、大打者の山内一弘を獲得した。
球団には勝算があった。前年に8勝と成長を遂げたバッキーを新たな軸に据え、村山と新2本柱を形成。バッキーは期待にこたえ、29勝と防御率1・89で2冠を獲得。外国人初の沢村賞にも選ばれた。
球宴前に首位大洋に最大6・5差をつけられる、苦しい展開だった。その後首位に立ったものの、9月半ばに6連敗し、3・5ゲーム差と引き離された。
ここから奇跡の追い上げを見せる。9月20、26日の直接対決ダブルヘッダーで、大洋に4連勝。バッキーは全4試合に投げ3勝と、獅子奮迅の働きを見せた。そして同30日の中日戦ダブルヘッダー第1試合に勝ち、セ・リーグ2度目の優勝を決めた。6・5差を覆しての優勝は、現在も球団最大の逆転劇である。
ここから両球団は、長い冬の時代を過ごした。阪神の次の優勝は、85年の日本一だった。そして大洋ホエールズは93年に「横浜ベイスターズ」へと改称。98年にセ・リーグ優勝を果たしたときは、前回から38年の月日がたっていた。
阪神は前回優勝の05年から17年、DeNAは98年から24年間もVから遠ざかっている。優勝すれば、どちらにとっても久々の美酒だ。阪神が制すれば、岡田彰布監督(65)は指揮官として自身2度目である。球団では、大洋に競り勝った62、64年藤本監督に次ぎ2人目となる。
【記録室=高野勲】(22年3月のテレビ東京系「なんでもクイズスタジアム プロ野球王決定戦」準優勝)




