来年春から採用される新規格の「飛ばないバット」は、高校野球の現場にどのような影響をもたらすのか。得点が入りづらくなるため犠打や走塁が重要になると考えられる。投手有利になるといわれる一方で、それでも打力にこだわる指揮官がいる。最終回となる第3回は、現場の取り組みを追った。

■浦和学院・森監督「投手にプレッシャ-かけること大事」

浦和学院の打撃練習(撮影・保坂恭子)
浦和学院の打撃練習(撮影・保坂恭子)
現基準のバット(左)と新基準のバットを比べると細くなっていることが分かる(撮影・保坂恭子)
現基準のバット(左)と新基準のバットを比べると細くなっていることが分かる(撮影・保坂恭子)

浦和学院の打撃練習は、にぎやかだ。豪快な金属音と、内外野で守備につく選手たちが雰囲気を盛り上げるために校歌を大声で歌う。21年秋から指揮をとる森大監督(32)は「打てるチームをつくりたいと、ずっと思っています。今年の選手たちも、ひと冬を越えて振る力がかなり増しました」と話す。指揮官として初出場した22年センバツでは4強入り。4試合で4本塁打を記録した。

打撃に力を入れる背景には、自身の経験が根本にある。投手として早大、三菱自動車倉敷でプレー。特に社会人時代は「投手戦に持ち込みたいと思っていても、フルスイングをされると怖くなる。バットを振ってくるチームが嫌でした」。思いきりよくスイングされるだけで、甘いボールは投げられない…という思考になる。全国の社会人チームと対戦する中で、いかに好投手を擁していても、打力が高くなければ都市対抗の予選と本大会で勝ち上がることはできないと肌で感じた。

新規格の飛びにくいバットになっても、その考えはぶれない。投手の時に怖さを感じたようなチームを目指す。「より木製に近いバットになって、間違いなく得点力は減り、投手有利になると思います。その大前提の上で、打線は投手にプレッシャーをかけることが大事だと思っています」と明かす。

振る力をつけるため、フィジカル強化に取り組む。冬の期間は必ず睡眠時間を8時間以上確保する。「ストレスも影響するので、あえて朝練をしない期間を作ったことで、選手の精神的な負荷は減ったと思います」。実戦感覚を失わないため、紅白戦は40試合行った。使用するバットは木製のみ。ひと冬を経て、今年3月に練習試合が解禁になってすぐにセンバツ出場の東海大菅生(東京)と対戦。同校の臨時コーチを務める元ヤクルト宮本慎也氏(日刊スポーツ評論家)に「浦和学院の選手たちは、身体が大きい」という言葉をもらったことが、うれしかったという。

「打てるチームを作りたい」と話す浦和学院・森監督(撮影・保坂恭子)
「打てるチームを作りたい」と話す浦和学院・森監督(撮影・保坂恭子)

強豪がひしめき合う埼玉で7季連続で決勝進出中。今春の埼玉大会では準優勝し、チーム打率は3割後半を記録。確実にパワーをつけてきた。新規定のバットを試打した際、すぐにライナー性の当たりを外野に飛ばした選手もいた。理想の「強いスイングで打球を飛ばす、長打力のあるチーム」へ、着実に近づいている。【保坂恭子】

■明秀学園日立・金沢監督「打撃理論を試すいい機会」

巨人坂本らを育てあげ、強打者の育成に定評のある明秀学園日立の金沢成奉監督(56)は、新基準バットに対し「それでも打ち勝つ野球を貫き通したい。野球を変えようとは思いません」と言い切った。

高校野球では金属バット以来、いくつかの変革を経て今がある。「近代野球において甲子園で打ち勝つ野球が主流。低反発バット採用で、本当に野球までも変えてしまうのか。私は最後までそこにあらがおうと思います」と、力を込めた。

明秀学園日立では、低反発バットを本格的に練習に取り入れるのは今冬からとしているが、金沢監督はその印象を「数字にすれば飛距離が10メートルは違う。しかし芯はある。ボールの芯とバットの芯をどう合わせるか」と話す。求めていることは、今までと変わらない。しかし、技術をより一層深めることが重要になる。

明秀学園日立・金沢成奉監督
明秀学園日立・金沢成奉監督

日ごろから「1番・タイミング、2番・軸、3番・体重移動、4番・バットのしなり、体のしなり」と定義付けて指導。この理論をより一層深めるために、これまでのようにウエートでパワーをつけるだけでなく、いかに下半身主導の打撃を身につけるかが重要になると言う。「軸をしっかり作り、体重移動を下半身で作る。そして最後にヘッドを入れバットをしならせる。芯に入れる感覚を磨くことが大切。これが今まで以上に求められる」。

例えば、現在プロ野球で活躍する金沢監督の教え子で例えるなら「巨人坂本、増田陸は高校時代からバットのしなりを使える子。ほとんど苦なく対応できたでしょう。中日細川、ロッテ田村は高校時代、力に頼った打ち方だったから、影響を受けたでしょうね」。体、バットのしなりや柔らかさを主とした打ち方の選手と、衝突型で打球を飛ばす選手との差が明確になる。

実際、「飛ばないバット」の導入で、バントや走塁を取り入れた機動力野球も不可欠になる。金沢監督は「近代野球は総合型になってきている。走塁を含めた1点の取り方、アウトのなり方。その意味、方法を極めていくことで、より洗練された総合型の野球へ向かうのでは」と見据えた。

今回の新バット導入により、ただの強打のチームなのか。それとも真の打撃論を兼ね備えたチームなのか。「野球の本質は点取りゲーム。もっと指導者が極めていきなさい、という投げかけだと思っている。だからこそ、そこを突き抜けるようなチームを作りたい。自分の打撃理論を試すいい機会になる」と期待する。高校野球新時代へ。指導者も新バットとともに、進化を問われる。【保坂淑子】

■大阪の公立伝統校・八尾はトレーニング用バットで鍛錬

大阪の公立伝統校・八尾は練習で飛ばないバットを使用している。新規格ではなく、1キロバットや、複合素材(コンポジット)のトレーニング用。鍛錬目的だけに打球速度は遅い。飛ばない感覚は慣れっこだ。「強いスイングは目指しているけど、うちはもともと大きい当たりは狙っていない。外野の間を抜いていく野球を心がけています。その意識がより明確になるし、特化することにもなると思う」。長田貴史監督(45)は新バット導入をむしろプラスにとらえる。

19年春の近畿地区21世紀枠候補になり、今春もベスト16。私立を連破し、関大北陽に1点差と大善戦した。私立が絶対的優位な大阪で、近年は安定して上位をうかがっている。道具が変わっても八尾らしいスタイルを貫く構えだ。