江戸時代の1852年(嘉永5年)創立の耐久(和歌山1位)が須磨翔風(兵庫2位)を破って4強入りし、春夏通じて初の甲子園出場を確実にした。

1-1の5回2死二、三塁から敵失で勝ち越し。8回には1死満塁から犠飛で3点目を挙げ、7番中啓隆外野手(2年)の左適時二塁打で突き放した。

先発は前日28日の1回戦で162球を投じたエースの冷水(しみず)孝輔投手(2年)。1-1の3回に1死満塁のピンチを迎えたが、併殺打で耐えた。互いに2日連投となったエースの同士の投げ合いは、冷水に軍配が上がった。

耐久の創立はペリー来航の1年前で、現在の広川町に人材育成の稽古場として創設。野球部もポーツマス条約が締結された1905年(明38)創部という長い歴史を持つが、甲子園出場はない。秋の和歌山県大会を初優勝し、近畿大会に40年ぶりに出場。社との初戦を制した。創立から171年の歴史を胸に聖地でも快進撃を続ける。

◆耐久 1852年(嘉永5)に人材養成の稽古場「耐久社」として創立した県立校。野球部は1905年(明38)創部。夏は和歌山大会4強が最高。春夏とも甲子園出場なし。主な野球部OBに元阪神で虎風荘寮長も務めた梅本正之ら。バドミントン部は強豪。和歌山県湯浅町湯浅1985。戸川しをり校長。