まったく無名の投手がある日突然脚光を浴び、メジャーの球団からオファーをもらう、あるいはスカウトからのラブコールが殺到するという野球版シンデレラボーイが話題になっている。クリス・ナンという28歳の投手がその1人だ。

ナンは故郷テネシー州のリプスコム大在学中の12年に24巡目でパドレスに指名されプロ経験はあるものの、マイナーリーグで鳴かず飛ばずのまま一時は目の負傷で視力を失いかけた時期があり、それが原因でうつ症状に陥ったこともあったという。

それでも野球を諦めずにトレーニングを積み、速球がMAX99マイル(約159キロ)をマークするまでになった。ブルペンでその剛速球を投げる映像を撮影し、ツイッターに投稿するとそれが野球ツイッターコミュニティーの間で話題となり、メジャー球界関係者の目に触れるまでに拡散。そしてこの1月下旬、ナンはレンジャーズとマイナー契約を結ぶまでにこぎ着けている。

無名の選手がツイッターやインスタグラムなどで誰かの目に留まり、拡散されて大きな話題を呼びスカウトから声がかかるというケースは、今後増えていきそうだ。すでに無名投手の投球動画を投稿することをほぼ専門としている有名なツイッターアカウントも存在する。通称「ピッチング・ニンジャ」と呼ばれているロブ・フリードマン氏のアカウントがそれで、埋もれた逸材に光を当てさせる目的で毎日多くの投球動画をツイートやリツイートで拡散し、無名選手と球団やスカウトの懸け橋となっている。

ナンの投球動画も同氏がリツイートし、元メジャー投手で現在パドレス傘下マイナーのコーチを務めるグレンドン・ラッシュ氏も「誰かこの投手を獲得すべき」とリプライするなどで拡散され、99マイルを計時した動画の再生回数は37万回を超えたという。フリードマン氏のリツイートによって、あるオランダの若い投手は、米国内大学のスカウト20人以上から勧誘の声がかかったという例もあるそうだ。

もちろんSNSの投稿ビデオなので真剣な人ばかりではなく、スピードガンを水増しする等のいたずら投稿もあるかもしれず、その辺の課題はあるだろう。だが同氏の活動は規模を拡大し、選手に対して野球指導も含めた多角的なサポートをする事業になりつつあるという。メジャーでもアストロズはスカウト業務をビデオ偏重に移行しているといわれている。投手は球速があれば将来性を期待されるという点でアピールしやすいので、SNSでのビデオデビューが成功につながる可能性は高そうだ。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)