サイ・ヤング賞右腕をめぐる騒動が、1つの節目を迎えた。DeNAトレバー・バウアー投手(32)の弁護団が2日(日本時間3日)、性的暴行を訴えていた米女性との和解を発表した。バウアー側も暴行に関しては事実無根と主張し、名誉毀損(きそん)などで反訴していた。和解条件には、両者ともに金銭の支払いはない。ただし、保険会社から女性には30万ドル(約4350万円)が支払われる予定だという。

バウアーがX(旧ツイッター)で詳細を明かしたこともあり、じっくり事件の経過を振り返る。

20年にレッズでサイ・ヤング賞を獲得したバウアーは、FAとなってドジャースに3年総額1億200万ドル(当時のレートで約107億円)で移籍した。地元ロサンゼルス出身だけに「長い間このチームのファンだった。お金ではなく、勝てるチームの一員になることが自分にとって重要だった。世界一になりたい」と話していた。

21年は4月に3勝1敗、防御率2・48とFA移籍に見合った成績を残していた。ところが5月、女性がバウアーの自宅で性的暴行を受けたとして刑事告発。バウアーはDV規定違反の疑いで、7月にMLB機構から制限選手とされた。ここまで17試合に登板し、8勝5敗、防御率2・59だった。

22年2月には、刑事事件としては証拠不十分で不起訴となった。当初から自宅での双方合意の元での性交渉は認めていたが、暴力については否定していた。しかし、調査中を理由にMLBの制限リスト入りは延期を繰り返し、4月には324試合の出場停止処分を受けた。異議申し立てが通り、12月には処分は194試合になった。23年1月にはドジャースから自由契約となり、3月にDeNA入団が決まった。日本での活躍は目覚ましく、19試合で10勝4敗、防御率2・76。闘志を前面に表すスタイルは、人気を博した。

バウアーは訴訟については和解したが、事件についてはXに投稿した動画で詳細を明かした。女性が友人に送っていたというテキストメッセージを紹介。そこには「次の犠牲者。ドジャースのスター投手」と書かれている。別の友人に初めて自宅に行った際に「何を盗むべきか」と聞き「お金」と答えを受けて送ったという「私は既に彼を釣り上げている」というメッセージも示した。「資産5100万ドル。バッグを持っていかないと」との文言もあった。

テキストメッセージは続く。「完全な売春婦となって、5100万ドルを手に入れる」。その後、当時パドレスのジェイコブ・ニックス投手(現オリックス)に送ったという「(成功したら)5万(ドル)あげる。ハハ」という文章も示された。これらのテキストメッセージは、携帯電話の中に隠されていたという。

その後、女性が撮影したとみられる、バウアーが横で寝ているベッド上の動画へと続く。女性がほほ笑むように自撮りしているのだが、バウアーは「(暴行を受けたと主張するのに)顔に傷がない」と話した。そして「率直に言って、裁判の結果に関係なく、私は女性が一生で私に支払える金額よりもはるかに多額の訴訟費用を払ってきた。しかし、訴訟は私にとってお金ではない。名誉を守るのに必要な情報を得る唯一の方法だった」と、動画を入手した経緯を説明した。

バウアーは動画の最後に「この2年間、私は公の場で自分の名誉や評判を守ることを余儀なくされてきた。願わくばこれが最後であってほしい。試合に勝利して世界中のファンを楽しませるという自分の仕事に集中できることを望んでいる」と話した。「だから今日、自分の人生を前に進めることができて幸せです」と締めた。

動画は、バウアー側の主張だけで構成されている。女性側は当初「訴訟が終了した今、他の人々を助けることを楽しみにしています」という弁護団のコメント程度しか報じられていなかった。だが、ユーチューブの番組に出演し、反論した。「次の犠牲者。ドジャースのスター投手」には「(前後の文脈が)切りとられている。冗談だった。私はメジャーリーグの選手と過去に何人もつきあっていた。自己顕示欲の表れだった」と説明した。

顔に傷がないように見える動画には「明かりをつけない室内でスナップチャットで撮影したもの。自然光とは多くの違いがある。打撲は(はっきり見えるまでに)時間がかかる。あの動画はすべてが起きてから4時間後に撮影されたもの。宣誓供述書でも言ったけど、ズームインすれば傷は全部見える」と話した。

個人的には、これまで刑事事件としては不起訴となったことを知りながらも、バウアーがどこか灰色に感じられていた。推定無罪の原則を知りながらも、火のないところには煙は立たずではないかと。動画によって、印象は覆された。真実を知るすべはないが、米国の訴訟社会とはどういうものなのか、記者として考えさせられる契機となった。【斎藤直樹】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「斎藤直樹のメジャーよもやま話」)