オリックスからポスティングシステムで大リーグ移籍を目指していた吉田正尚外野手(29)が、驚きのスピード決着でレッドソックス移籍と報じられました。30球団へ公示された翌日に「入団合意」。しかも、日本人野手歴代最高の5年9000万ドル(約126億円)という大型契約。度肝を抜かれました。

一方で、レッドソックスが吉田正を高く評価し、球団史上初の日本人野手として獲得したのには理由があります。それは、本拠地フェンウェイパークが「変形球場」であることでしょう。

1912年に開場した大リーグ現存最古の球場フェンウェイパークは、レフトが狭く、高さ11・3メートルの巨大な壁「グリーンモンスター」がそびえ立ちます。つまり、典型的な「ヒッターズ・ボールパーク(打者有利な球場)」です。

そんな立地条件もあって、レッドソックスは幾多の大打者を輩出しました。元祖二刀流のベーブ・ルースもプレーしており、当初は「The Wall(壁)」と呼ばれた巨大壁ができたのは、ルース移籍後の1934年。以降、最後の4割打者テッド・ウイリアムズ、最後の3冠王といわれたカール・ヤストレムスキーらが活躍。伝統的に打撃のチームです。

左翼が極端に狭い球場ゆえに、右の強打者に本塁打が出やすく有利と思われがちですが、実は左打者にとっても好都合な球場といえます。

ヤストレムスキーは「自分は引っ張った方が打球は飛び、レフト方向へ流すと力がない。しかし、グリーンモンスターがあるので、あそこに打球を当てれば確実にヒットという気がして、気楽に打てた」と話していました。

それを実践したのが、同じく左打者のウェイド・ボッグスです。持ち前のミート力でグリーンモンスターを狙い打ち。特に同球場特有の二塁打、いわゆる“フェンウェイダブル”が得意で、レ軍在籍時に4年連続を含む5度の首位打者に輝き、2年目から7年連続200安打の偉業を達成しました。

こうして、レッドソックスはのべ25人もの首位打者を輩出。そのうち、のべ17人が左打者という歴史が物語るように、左のアベレージヒッターにも有利ということが分かります。

オリックス時代に2年連続首位打者に輝いた吉田正は高い出塁率を誇り、コンタクト能力があり、パワーもあります。さらに、三振が少なく、広角にも打てます。チームにとって、まさに求めていた左打者と言えます。

一方で、守備範囲や肩は平均より劣るという評価ですが、フェンウェイパークのレフトなら問題ありません。なぜなら、左翼が狭いことに加えて、左翼ポールから中堅にかけて膨らみがなく、グリーンモンスターに沿って約70メートルもの一直線が続く特殊構造。また、ファウルグラウンドもほとんどないので、広い守備範囲や肩の強さは求められていません。

球団史上最大のスター、ウイリアムズは一貫してレフトを守りました。当時の球界関係者の証言によると「外野の守備は下手だった」そうですが、「グリーンモンスターの前で守っている分には、非常にうまかった」とたびたび、好守備でピンチを防ぎました。なぜなら、「あのクッションボールはものすごく難しいが、慣れてしまえば、これほど易しいものもない」と言われます。だから、ウイリアムズですら名外野手に見えたわけです。

また、ウイリアムズの後継者であるヤストレムスキーもレフト。現役終盤はホームでレフト、ロードでは一塁を守りました。それぐらい、フェンウェイパークの左翼守備は易しいわけです。

記憶に新しいところでは、在籍8年すべてオールスターに選出されたマニー・ラミレスも、レフトが定位置。守備には難があり、肩も衰えがありながら、2005年には送球で走者17人をアウトにしてア・リーグ補殺王に。クッションボール処理のうまさには定評がありました。

いずれにしても、大リーグではヤンキースに匹敵する打撃のチームに、日本人打者が加わるのは歴史的な出来事です。現在も強打者がズラリと並ぶレッドソックス打線に、「Yoshida」の名前が入るのは、夢のようです。(大リーグ研究家・福島良一)(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「福島良一の大リーグIt's showtime!」)