レジェンドOBにも匹敵する領域に近づきつつあります。エンゼルス大谷翔平投手(28)が開幕から驚異的なスタートを飾りました。特に、投手として5試合に先発して3勝0敗、防御率は現在両リーグ1位の0・64。昨年から大リーグ史上2番目に長い9先発連続で3安打以下に抑えており、開幕から5先発ではエンゼルス球団史上ベストの防御率です。また、大リーグ記録となる最初の5先発で被打率・092など、次から次へと記録も塗り替えています。

こうした数々の記録を見て、真っ先に思い浮かぶのが、エンゼルスの球団史上最高の投手と言われるノーラン・ライアンです。なぜなら今から50年前、初めて渡米した1973年に彼のピッチングを見て、大きな衝撃を受けたからです。

大リーグ史上最高の速球投手とも言われるライアンは、1966~93年までの27年間で通算324勝をマーク。何と言ってもすごかったのが、史上最多7度のノーヒットノーラン達成、歴代1位の通算5714奪三振という大記録です。

その中でも、1972~79年のエンゼルス時代が絶頂期でした。72年にメッツからの移籍を機に、速球投手として大ブレーク。1973年には、サンディ・コーファックス(元ドジャース)の記録を破るシーズン383奪三振をマーク。また、シーズン前半だけで2度のノーヒットノーラン、1975年までの3年間に4度もノーヒッターを達成しました。

1974年にはスピード測定器で時速100・9マイル(約162・3キロ)を計測。実測で人類初の100マイルを突破しました。その剛速球から「ライアンエクスプレス」として一世を風靡(ふうび)し、日本では「カリフォルニア超特急」として話題になりました。

その後もアストロズ、レンジャーズで速球人生を貫きました。44歳で7度目のノーヒッター達成だけでなく、“火の玉投手”ボブ・フェラー(元インディアンス)の大リーグ記録に並ぶ12度の1安打試合を達成。また、“人間機関車”ウォルター・ジョンソン(元セネターズ)に並ぶ18度の2安打試合も記録しています。まさに“アンヒッタブル”、日本語に訳すと「打たれない男」でした。

しかし、偉大なレジェンドも、開幕から絶好調の大谷のような記録は成し遂げていません。おそらく、速球投手にありがちな制球難があり、エンゼルス時代だけで6度も与四球王という不名誉な一面もあります。その制球難が災いしてか、大谷ほど安定したピッチングではありませんでした。

そう考えると、投打二刀流の大谷はピッチャーだけでも、伝説の速球王ライアンを超える存在といっても過言ではないかもしれません。(大リーグ研究家・福島良一)(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「福島良一の大リーグIt's showtime!」)

エンゼルス対ロイヤルズ 7回表ロイヤルズ2死、マイケル・マッシーを三振に仕留めベンチに戻る大谷は、天を見上げグラブをたたく(2023年4月21日撮影)
エンゼルス対ロイヤルズ 7回表ロイヤルズ2死、マイケル・マッシーを三振に仕留めベンチに戻る大谷は、天を見上げグラブをたたく(2023年4月21日撮影)