ドジャース大谷翔平投手が、09年イチロー(マリナーズ)が持つ日本人最長の43試合連続出塁記録を更新しました。また、投手として24回2/3イニング連続無失点で途切れたものの、投打二刀流ならではの、投打にわたる連続記録で大きな話題を呼びました。
アメリカでは長い期間にわたり、チームや選手が連続記録の偉業を成し遂げることを「ストリーク」と呼びます。彼らは1つの物事を継続することに特別な価値を見いだし、それらのチームや選手たちに最大の賛辞を贈ります。
大リーグ史上最も有名なストリークと言えば、ジョー・ディマジオの56試合連続安打です。1941年に名門ヤンキースの大スター、ディマジオが開幕から好調をキープ。特に、5月15日以降は毎試合ヒットを重ね、第2次世界大戦で暗くなった世相に、明るい話題を提供しました。
そのあたりはレイモンド・チャンドラーのハードボイルド映画「さらば愛しき女よ」にも描かれていました。主人公の私立探偵フィリップ・マーロウが、ラジオから流れるディマジオの試合を絶えず気にしていました。全米のヒーローがどこまで連続試合ヒットを続けるか、新聞売りの友人と賭けていたのです。
やがて19世紀の伝説的ヒーロー、ウィリー・キーラーの44試合連続安打記録を更新。それから人々の興味はいつ記録が止まるかという話題へと変わりました。すると、7月17日のインディアンス戦でヒットが出ず、ついに56試合で記録はストップ。それでも、これぞストリークの代名詞として後世に語り継がれています。
それ以前では“鉄人”ルー・ゲーリッグの連続試合出場記録が有名でした。1920年代、ヤンキースでベーブ・ルースと最強の3、4番コンビを組んだゲーリッグが、2130試合連続出場を記録。このあたりは彼の生涯を描いた不朽の名作「打撃王」に詳しく、誰もが不滅の大記録と思っていました。
ところが、何とオリオールズの親子鷹(だか)のカル・リプケンが82年から毎試合出場し、95年にゲーリッグの連続試合出場記録を更新しました。その後も98年に自らの意思でピリオドを打つまで、2632試合連続出場を記録。当時、長期ストライキで野球離れが深刻だった球界の人気回復にも大きく貢献しました。
一方、投手では68年巨漢ドン・ドライスデール(ドジャース)の58回2/3連続無失点が有名でした。ところが、88年に同じドジャースのエース、オーレル・ハーシュハイザーが59イニング連続無失点記録を樹立し、ワールドシリーズMVPで世界一にも大きく貢献。名前のイニシャルをかけて「ドクターO」の称号を得ました。
ちなみに、大谷の連続試合出塁記録では、ドジャース史上最高のスラッガー、デューク・スナイダーが54年に球団記録の58試合連続出塁をマーク。また、大リーグ記録では49年に“打撃の神様”テッド・ウイリアムズ(レッドソックス)が78回転レコードのラベルも読めたという抜群の選球眼で、84試合連続出塁しています。
今後、大谷には投手としてメジャー記録の10打者連続奪三振、打者としてこれまたメジャー史上最長の8試合連続ホームランなども期待したいものです。投打二刀流で、どんなストリークに挑戦するか興味が尽きません。【大リーグ研究家・福島良一】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「福島良一の大リーグIt's showtime!」)




