【ロサンゼルス(米カリフォルニア州)12日(日本時間13日)=斎藤庸裕】超大物が、超大物を制した。ドジャース大谷翔平投手(31)が2試合連続の先頭打者本塁打を放った。本拠地レンジャーズ戦に「1番DH」で出場。1回、初対戦となったジェイコブ・デグロム投手(37)の初球157キロ直球を捉え5号ソロとした。その後も四球、申告敬遠と、2年連続サイ・ヤング賞のビッグネームを上回った。担当記者が攻防を詳報する。7戦4発とペースアップ、連続試合出塁も「46」に伸ばした。
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大谷もおそらく、デグロムと同じ感情だったに違いない。5回2死二塁、3度目の対戦で初球スライダーが外角に外れた。この1球で、レ軍の監督判断から申告敬遠となった。デグロムは試合後「正直、勝負したかった。投手なら、最高の打者を抑えたいと思うもの。彼は素晴らしい打者で、1打席目にやられて、やり返すチャンスが欲しかった」とコメント。秘めていた闘争心を隠さなかった。
大谷の一振りが火をつけた。1回の第1打席、初見にもかかわらず、内角寄りに甘く入ってきた97・9マイル(約157・5キロ)のフォーシームを逃さなかった。完璧なスイングで豪快に右翼席まで運ばれたデグロムは「OK、集中していくぞ」と、スイッチを入れ直したという。その言葉通り、2度目の対戦では超一流による技術とパワーの攻防が垣間見えた。
3回1死一塁、デグロムにとってはリベンジの舞台だった。第1打席で内角に対応してきた大谷に対し、外角攻めを徹底。投げミスは1球もなかった。
ボール先行となりながら、外角いっぱいのスライダーでカウントを整える精密な制球を披露。フルカウントからの6球目、高めにこん身の98・4マイル(約158キロ)を投げ込んだが、大谷も屈しない。フルスイングで応じ、ファウルでしのいだ。7球目、ストライクゾーン低めからボールになる93・1マイル(約150キロ)のスライダーを見極めた。
互いに表情は変えない。四球という結果以上に、投本間の18・44メートルで超ハイレベルな攻防を繰り広げた。
ともにメジャー屈指のスター選手ながら、これまで不思議と交わることがなかった。エンゼルス時代の大谷は18年シーズンのア・リーグ新人王に選ばれ、メッツ所属のデグロムはナ・リーグのサイ・ヤング賞に輝いた。当時は代理人事務所が同じで、翌年ニューヨークで開催された「アワード・ディナー」で対面する縁もあった。
23年、同リーグのレンジャーズに移籍したことで対戦が増えるかと期待されたが、同投手のトミー・ジョン手術で実現せず。昨季は4月下旬にド軍との交流戦があったが、夫人の出産を控えた大谷が父親リスト入りし、またも直接対決の機会は流れた。
ようやく訪れたメジャー屈指の好投手との対戦。初対戦ではタイミングを計ることが多い初球を、フルスイングで捉えたのは極めて珍しい。膨大なデータから相手投手の球速や球質を忠実に体現できる打撃マシン「トラジェクトアーク」で準備できるとはいえ、集中力が研ぎ澄まされていた証しだった。
試合には敗れたが、2試合連続の先頭打者アーチ。一振りで、希代の剛腕デグロムを本気にさせた。それが、メジャー最高級とされる打者大谷の価値を物語っている。
◆ジェイコブ・デグロムという男 18年シーズンから2年連続でサイ・ヤング賞を獲得し、かつては100マイル(約161キロ)を連発する剛速球投手だった。最速は20年に記録した102・2マイル(約164・5キロ)。翌年はフォーシームの平均球速が99・2マイル(約159・6キロ)まで到達した。すさまじい剛球を投げることから、ニックネームは映画「ターミネーター」とかけて「デグロミネーター」。9回あたりの奪三振数(K/9)も高く、20年シーズンはリーグトップの13・8をマーク。昨季、通算225試合で1700奪三振に到達したのは史上最速となった。
▼ドジャース大谷が、初球を打って2試合連続、通算26本目の先頭打者本塁打。2試合連続先頭打者アーチは昨年の5月25、26日以来3度目。並んでいたイチロー(マリナーズ)を抜いて、単独で日本人最多となった。3試合連発で打つと、1900年以降に過去3人しかいないレア記録となる。初球弾は昨年5月30日以来5本目。佐々木の先発試合では通算5本目。



