日本ハムは2018年で北海道移転15年。過去の名場面、珍場面を、当時の紙面とともに振り返ります。

<07年2月2日付>

いくら沖縄とはいえ、まだ肌寒い2月だ。森本は“特別な”この日のために体を張った。キャンプイン初日恒例の写真撮影。黒いベンチコートを脱ぎ捨てると…裸だった。背中には前年引退した新庄氏から引き継いだ背番号「1」が黒いテープで。よく見ると前面の乳首の上にも「1」が…。場内は大爆笑。「予想以上に完璧な『1番』でビックリです」。自画自賛のパフォーマンスだった。

日本一に輝いた前年06年から、引退した新庄が抜け、小笠原が巨人にFA移籍した。「優勝した次の年。ツーさん(新庄)、ガッツさん(小笠原)が抜けてどうするんだ。何か頑張らないと、という意識がある」。人気面、戦力面のダウンを不安視する向きもあった。チームの中心となるための覚悟を、まさに体で体現した。

事前予告もなかったため、高田GMは「本当にもう…」とうなり、ヒルマン監督は「私はノータッチだ」。藤井球団社長も「まあ、いいでしょう」と苦笑いだったが、パフォーマンス終了後、田中賢にテープをはがしてもらう際にも悲鳴を上げ、再び周囲は爆笑。最後まで笑いはつきなかった。

キャンプ初日の強烈な一発だったが、森本はこの年、自己最多となる144試合にフル出場。打率3割、31盗塁、さらには24試合連続安打の球団タイ記録と成績でも文句なしに注目を集めたシーズンになった。