打つことを生業(なりわい)とする男がいる。3回、28号2ランを放ち巨人を連覇に導いた岡本和真内野手(24)は「#神様仏様岡本様」と崇拝され、マージャン界で20年間無敗を誇った桜井章一(77)は「雀鬼」と恐れられた。白球を打つ若者、道を究めた鬼。両極端の世界に生きる勝負師は、互いをどう見る。2人にとって「打つ」とは-。相まみえぬ存在だからこその答え、通ずる感覚がそこにはあった。【企画・取材・構成=栗田尚樹】

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「彼、名前何って言うの?」。雀卓に並ぶ男の写真を見つめ、雀鬼は言った。「昔、はな垂れ小僧って言われていたんじゃない?」。岡本が幼少期、両親から付けられたあだ名を言い当てた。「口元に力みが入ってない。目も力みがない。鼻は開いちゃってるし。ポカっとしているほうがいいんだよね」。柔を見た。「将棋の藤井(聡太)君もそうじゃない。りりしいというか勝負師の顔なんかしていない」。紫煙をくゆらす77歳。鬼と恐れられた男の横顔も、どこか柔らかい。

20年間無敗。「1回負けたら死のうと思ってたのよ。本当に。あるいは自分を消しちゃおうと。姿を。いられないもん。歌舞伎町に」と笑った。そこにあったのは生と死だった。

「不調こそ実力」と言う。「(勝負の日が決まると)その間は寝ないし、食べない。人間には性欲睡眠欲食欲がある。自然とそれすら設けてはいけない気持ちになった。それやれば勝てるっていうわけじゃないけど」。常人には理解できない世界がある。「スランプって感じたことはなかった」と勝ち続けた。

鬼は運をも味方にした。

「3、4年前のシュノーケリング。波で上に数メートル飛ばされて、海の中にのみ込まれたんだよ。体の上に岩が乗って、腕も挟まれた。2つ目の波で頭に岩がぶつかりそうなわけ。そこに死が確実にあったんだけどパニックにはならなかった。意外と冷静なんだよ。そしたらさ、3番目の波が全ての岩をどかしたんだよ」

自然を静観し、勝敗の先を見た。「最初は勝つことに喜びを感じていた。でも、それは何年か。勝つと負ける人がいる。その人の背景が見えてくる。勝つってむなしいなと。敗北はみっともねえ。情けない。そういうもの。普通は負けてから強くなるとか言うけど。俺はマージャンの打ち方も知らず後ろから見てやってその日から負けていない」

岡本に聞いた。雀鬼の存在を伝えると「そんなすごい方がいるんですね。恥ずかしながら、知りませんでした」

両極端の世界に生きる異能者たち。通ずるモノもある。鬼は「どうして緊張したりプレッシャーって感じるんだろうね」。21歳11カ月から巨人4番を張る男も「プレッシャーとか重圧とか言われますけど、それって、どういうものか、よく分からない。昔から感じたことがない」。本能で圧を排し、打ち続ける。一部は期待を込め、岡本を「神」と崇拝し始めた。だが「僕が神様なわけないでしょ」と笑う。

「まだまだっす。3年くらいしか打てていない。続けてこそ価値があると思っているので。続けられなかったら意味ない。一流の人って、どこの世界でも結果を残し続けてきたからこそ、認められてるわけで。僕も1年だけとか言われるのは嫌なんで」

24歳のリアルがそこにある。「勝ったらうれしいし、負けたら悔しい。成功して学ぶことも負けて学ぶことも、どちらも大事」

勝敗の先を見るのは、まだ先の話。ただ、景色が変わり始めた。2年前。本塁打の新たな世界に触れた。

「軽く振ればいいんだって。ヘッドを返すのではなく、出す。あ、これやなってのありました」

神域の入り口に立った若者、道を究めた鬼。2人にとって「打つ」とは-。

雀鬼 人の感覚として、つかむっていうのがあるわな。次は触る。その次の感覚の世界に行くっていうことは、牌にふれるということ。

そう言うと、中指の先端にふれただけで、牌を持ち上げた。そして続けた。

「俺にとっては譲れない領域かな。いろんなものを頂いたし、学んだ。マージャンを打つ4人は敵ではなく仲間とか。社会では上流がきれいで下流に行けば汚くなる。川の水と同じように。でも俺たちのやるマージャンは、てめえがきれいな水にしてこの人にきれいな水を流してやる。循環させようって」

岡本にとって打つとは-。数秒間、沈黙した。

岡本 難しいですね。まだ分からないところのものですかね。いつか、そう。引退した時とかに、ようやく答えられるのかもしれないです。

打ち続けるしか、入り口から先へは進めない。鬼はヒントを与えた。「力任せはダメ。それで通ってしまうレベルはかなり低い。何もないほうがいい。だからはな垂れ小僧のほうがいいんだよ。テクニックではなく、感覚の世界があるってことを出来たらもっともっとすごい選手になれる」。全知全能の領域。感覚の世界へ踏み出す。何年後、何十年後。岡本和真は、「鬼神」へと化ける。

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<桜井章一・こんな人>

身長は180センチを優に超える。細身で背筋がピンと伸びた紳士。雀鬼の周りには、鬼才の「勝負師」が集う。ビートたけし、将棋・羽生善治、ボクシング村田諒太…。各界の異能者と交流を持つ。

過去に村田と対談した。「(村田に)構えをやってみろって。ジャブからフックに回った時に肘が、がら空きだよって。俺素人なのによ、あいつ世界チャンピオンじゃないすか。勝つ論理とかじゃなくて、体から教えた。見ただけで俺には分かる部分がある。直してやったらすげえ強くなっちゃって。来た時よりパンチ力も2階級くらい上がっちゃって。今のお前だったら誰にでも勝てるんじゃねえのって」。村田は「何もかも不思議なことだらけ」と驚いていたという。

人の心を打つ世界のキタノ、究極の一手を指し、勝利の駒を打つ棋士、他を圧倒するパンチを打つ金メダリスト。鬼が鬼を呼ぶ。