神宮で全日本大学野球選手権を取材する日々だ。東京の長期出張に、何か読むものをと思って「大久保利通」(講談社学術文庫)を持ってきたが、大久保を知る人が明かす、素顔は興味深い。ある人が、豪傑でも刀にさびがあれば値打ちが下がると思って、西郷隆盛の刀をひそかに抜いたら、ピカピカどころか鍛えられて「美事」だった。西郷は大久保と鹿児島の同じ町で育った。だから、この本にもたびたび登場する。

「人物も群落する」と書いたのは司馬遼太郎で、まさに同じ場所から共鳴し合い、秀でた人が続々と世に出る。神宮デビューした最速151キロ左腕の関学大・黒原拓未投手(4年=智弁和歌山)を見て、そんなことが脳裏をよぎったのはある話を聞いていたからだ。

黒原には忘れられない対決がある。昨年9月12日、関西学生野球秋季リーグの近大戦だ。勝利目前の9回1死。敵の主砲を追い込んだが直球をバックスクリーンへ。いまや、阪神の大砲に成長した佐藤輝明に浴びたアーチは、プロを目指す黒原にとって、向上心が高まる被弾になった。

「映像を見たら悔しさがある。佐藤さんのように、左打者でドラフト1位になれる選手と対戦できた。自分が成長する材料です。プロに入るなら、ああいう選手を抑えないといけない」

YouTubeには、1年のとき、佐藤に痛打された映像も残る。「相性はそれぞれありますが、僕は嫌いでした」と明かす。剛も柔も備えている。18・44メートル隔てた者にしか分からない威圧感を、こう表現した。

「『投手は低め低めに』と言われますが、佐藤さんの場合は低めを打てる打ち方なんです。変化球を落とすにしても、ワンバウンドさせるくらいじゃないと拾われてしまう。しかも、パワーもありますから」

今大会は8日松山大戦で7回1失点で勝利に導いたが、10日慶大戦は5回4失点で悔しい敗退となった。「ベスト8ですが、僕自身は1番じゃなければ何番でも一緒。次は1番になれるよう、やり直して戻ってきたい」。今秋ドラフトの上位候補は秋へと向かう。

関西学生野球には黒原以外にもプロ注目の逸材がいる。リーグ戦3本塁打を放った関大の久保田拓真捕手(4年=津田学園)や好打堅守が売りの野口智哉内野手(4年=鳴門渦潮)だ。さあ、佐藤輝に続け! ひと夏をへて、関西大学球界の「群落」を待とう。【酒井俊作】