今から32年前に引退した村田兆治さんは、翌年から日刊スポーツの評論家になられた。ちょうどそのころ、世の中にワードプロセッサーが登場。それまで原稿用紙に記事を書いていた私たちも、キーボードをたたいて原稿を書くようになった。

あるとき、まだ駆け出しだった私は記者席でワープロをたたいていた。すると、評論の仕事で来ていた村田さんが隣にやってきて、こう言った。

「沢田君、そんなんで記事に魂がこもるのか。ペンをぎゅっと握って、紙に力強く書きつけないと記事に魂はこもらないだろ」

冗談ではなく、真顔で説かれた。

「昭和生まれの明治男」と言われたように、生真面目かつ武骨な方だった。普段はよくしゃべるし、軽口も出るのだが、「評論をお願いします」というと、急に背筋が伸び、肩に力が入る。カバンからおもむろに筆ペンを取り出し、要点をスコアブックに書き出してから話し始める。口にする内容も堅くなりすぎて、新聞評論的には面白みにかけるきらいもあった。

私が担当者となって原稿を書くようになってからもそうで、「さっき雑談で言っていた話の方がおもしろいのになあ」と何度も思った。でもそれが村田さんらしさでもあった。

7、8年前、新宿・小田急百貨店のレストランで一緒に食事した。評論家としての契約更新をしないことをお伝えしたが、村田さんとしては気分のいいはずはない。それでも「わかった。電話や紙切れだけだったら納得いかないけど、ちゃんと面と向かって言ってくれたんだから許す」と言っていただいた。

筋の通らないことは大嫌いだった。その真っすぐさは今の時代にこそ求められるような気がする。早すぎる死が残念でならない。【沢田啓太郎】