ロッテ益田直也投手(36)が史上5人目、パ。リーグでは2人目となるの通算250セーブを達成した。平成生まれの投手で名球会の入会規定(200勝か250セーブ)を満たしたのは初めて。

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全てが手に入る少年時代ではなかった。清流・紀ノ川から少し内陸へ入った貴志川エリアの出身。起伏に富んだ土地で、通った西貴志小の校庭も少し変形だ。田んぼが視線の上にあったりする。夕暮れ時はまぶしい。毎日練習していた。「平日も雨の日もずっと練習。休みは年末年始しかなかったですから」。

疲れ果てて家に帰ると。「僕、鍵っ子だったんですよ。学校や練習から帰っても基本的には誰もいない。自分で風呂入って、『おっかあ』って呼んでたんですけど母親の作ったごはんを温めて食べて」。朝だけは「行ってきます!」とおっかあに言えた。

1人だったからこそ野球に打ち込めた。「練習以外にも朝起きて走ったり、夜は素振りしたり、普通にやってました。ちゃんと練習していたから、抑えて当たり前と思ってました、打たれると『なんで打たれんねん』って思ってた」と周囲を圧倒していた。

逸話もある。大阪府の少年野球大会で、規模の大きいものが2つあった。和歌山県からも2チーム、出場できる。益田がプレーした西貴志レッドボーイズは強かったから、両大会とも和歌山代表として出場できた。そして。

「145チーム参加の大会と、90チーム参加の大会、どっちともうちが優勝しましたよ」

中学、高校は決して目立つ存在ではなかったし、高3夏は背番号16の代打で「ショートフライ打って、それで終わりでした」。でも関西学院大に進学したら、強豪校出身の同級生たちに驚かれた。

「西貴志の益田かよ!!」

鍵っ子だった山里のスーパー小学生は、タフネスさを貫き続け、ついには選ばれし者だけの領域にたどり着いた。【20~22年ロッテ担当 金子真仁】

【動画】ロッテ益田直也のヒーローインタビュー 平成生まれ初の名球会入りへ