NPB出身初の医師転身へ 3000万円借金し歩む元DeNA寺田光輝さんの思考法

プロ野球のDeNAに2年間在籍した寺田光輝さん(34)が、NPB出身の選手としては初の医師を目指し、奮闘しています。現在、東海大医学部の6年生で、11月には卒業試験を控え、来年2月には医師国家試験を受験します。プロ野球出身としては、くふうハヤテで活躍した竹内奎人さんが医師国家試験に合格し、現役引退してからスポーツ整形外科医を目指し病院で研修中ですが、日本人でNPBを経験した選手が医師になった例はなく、異色のセカンドキャリアを歩んでいます。プロ野球選手から医師への転身。劇的なキャリアチェンジする背景にあった寺田さん独自のマインドセットとは―。

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★寺田さんが語った主な内容

  • 戦力外から3日で医師を目指すと決めた理由
  • 3000万円の借金と4000万円の収入
  • 「やっぱり野球が好き」夢は医師で甲子園

◆寺田光輝(てらだ・こうき)1992年(平成4)1月5日生まれ、三重県伊勢市出身。伊勢高から三重大教育学部に進学したものの中退し、筑波大へ再入学し卒業。16年に独立リーグの石川ミリオンスターズに入団。17年ドラフト6位指名を受け、DeNAへ入団した。同期には1位指名の東克樹投手、2位指名の神里和毅外野手らがいる。18年6月の楽天戦で2軍戦初登板。19年には投球フォームをアンダースローにして2軍では初勝利を挙げたものの、1軍登板はなし。イースタン・リーグ通算31試合に登板し、1勝1敗、防御率8・33。1年目に腰の手術を経験するなど苦難もあり、19年限りで戦力外通告を受けた。DeNA時代の背番号は54。173センチ、75キロ。右投げ右打ち。

DeNA紅白戦 4番手で力投する寺田光輝(19年2月11日)

DeNA紅白戦 4番手で力投する寺田光輝(19年2月11日)

「次の目標がハッキリしていた」 戦力外から3日で決断

プロ野球のシーズンは大詰めで盛り上がりを見せる一方で、選手にとっては契約更新か戦力外か…。背筋が寒くなる時期でもある。

2019年10月1日、寺田さんはプロ野球界を去ることになる戦力外通告を受けた。

「ある程度の覚悟はできていましたから、ショックはなかったですけど、やっぱり寂しかったですね。あの日のことを忘れることはない…。ただ次の目標がハッキリしていましたので、いろいろ考えたのは3日ほどだったですね。すぐに医者を目指そうと思いました」。

三重県伊勢市出身で実家は開業医。その関係もあって医師を目指すことになるが、2年間は東海大医学部合格を目指し、塾講師などをやりながら受験勉強した。

2021年に東海大学医学部の編入試験に合格。現在、医学部の6年生を迎え、いよいよ2027年2月には難関の医師国家試験を受ける。

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平井勉Tsutomu Hirai

Kumamoto

1967年、熊本市生まれ。1990年に入社し、プロ野球の西武、ヤクルト、巨人などを担当。米ロサンゼルス支局時代には大リーグを担当し、野茂英雄、イチローらを取材した。
野球デスク、野球部長、経営企画本部長などをへて現職。著書「清原和博 夢をつらぬく情熱のバッター」(旺文社)「メジャーを揺るがす大魔神 佐々木主浩」(旺文社)がある。