<オリックス5-1日本ハム>◇4日◇京セラドーム大阪

 日本ハムの高卒ルーキー近藤健介捕手(18=横浜)が4日、1軍に昇格し、同日のオリックス戦(京セラドーム大阪)でデビューした。6回に代打で出場し、そのままマスクをかぶった。球団の高卒新人捕手の1年目出場は、56年ぶり3人目。2打数無安打で鮮烈デビューとはならなかったが、フレッシュな1歩を刻んだ。チームは敗れ、4カード連続の負け越しとなったが、一方で若手は確実に台頭してきた。

 暗闇をさまようチームに、ルーキーが一筋の光をもたらした。6回、鶴岡の打席で代打に送られたのは、この日プロ初昇格したばかりの近藤だった。「1軍の球場の雰囲気を早くから経験できて良かったです。守備より打席のほうが緊張しました」。初球をフルスイングしたが左飛に倒れた。8回の第2打席は見逃し三振に終わった。初安打はお預けになったが、守備では6回からの3イニングでマスクをかぶって無失点。中嶋兼任コーチも「初めての試合にしては、うまく入れた」と及第点を与えるデビュー戦だった。

 激動の24時間だった。昇格の知らせを聞いたのは前日3日の午後9時すぎ。「昨日の(1軍の)試合後に聞きました。びっくりしました」と、あわてて大阪入りの準備を進めた。この日は早朝6時半に、千葉・鎌ケ谷の「勇翔寮」を出発。単身で大阪行きの新幹線に飛び乗り、午前11時すぎに宿舎に到着した。

 午後3時、チームとともに京セラドーム大阪に到着すると、栗山監督からは「思い切ってやれ、と言われました」。打撃練習を終えると、守備練習。最後は指揮官から再度呼び寄せられて言葉をかけられるなど、めまぐるしく試合までの時間を過ごした。

 春季キャンプ中の実戦やオープン戦では打撃でアピールしてきたが、シーズンに入ると思うような打撃はできていなかった。「少しプロの生活に慣れてきた」という最近は、寮でのDVD鑑賞でリフレッシュしている。現在、見ているのは海外ドラマの「24」。「リラックスできます」と、生活リズムを覚え、プレーでも復調してきた。2軍では48試合に出場し、打率2割7分5厘。栗山監督も「勉強で(1軍に)上げたわけではない」と、実力で1軍昇格を勝ち取った。

 午後8時39分。初出場の試合は悔しい敗戦に終わった。近藤も「もうちょっと、しっかり自分のスイングができればよかった。(打って)いこうという気持ちが強すぎました」と、悔いながらプロ第1歩を振り返った。高卒新人捕手の1軍登録は、チームでは前身の東映時代に2人いるが、日本ハムとなってからは初めて。「早く結果を残して、1軍に定着したいです」。記念すべき1日を終え、次なる目標を掲げた。【木下大輔】

 ◆近藤健介(こんどう・けんすけ)1993年(平5)8月9日、千葉市生まれ。小4から野球を始める。小6時に千葉ロッテジュニアに選ばれ12球団ジュニアトーナメント準優勝。東京・修徳中を経て、横浜入学後は1年春からベンチ入り。3年夏に正捕手として甲子園出場。昨年アジアAAA大会で日本代表の正捕手を務めた。高校通算38本塁打。171センチ、80キロ。右投げ左打ち。

 ▼日本ハムの近藤が初の1軍昇格で即出場。高卒の新人捕手が1年目で1軍登録されるのは、日本ハムでは近藤が初めて。球団としては1950年(昭25)の2リーグ制以降、東映時代の54年に安藤順三(多治見工=写真(左))が25試合(捕手として10試合に出場)、56年に山本八郎(浪華商=同(右))が105試合(同95試合に出場)に出場登録されている。