「ボクシング好きだから…。こういう風に全部出せることって、人生の中で本気って、そういう機会って何回ありますか? 生きているって実感できる瞬間なんです!」

 

 強く響く言葉だった。

 私は記者生活9年目にして、11月から新たにボクシング担当として歩み出した。その最初の試合として11月1日に後楽園ホールで取材したのが、日本スーパーライト級王座戦だった。その試合後に聞いた冒頭の声の主は、挑戦者としてリングに上がった細川バレンタイン(宮田)、35歳。くしくも自分と同い年だった。だからこそ、考え込んでしまった、「たしかに…」と。ボクシング界に足を踏み入れて、いきなりの「出合い」だった。

 現日本王者で最も安定感があるといわれる岡田博喜(26=角海老宝石)に挑んだ3度目の日本タイトル挑戦は、的確な相手のジャブに苦しんだ。ただ、いくら打たれようと前進をやめなかった。被弾を恐れずに、懐に飛び込んで拳を振る。ラウンドが進むごとに顔が腫れ上がるが、目は死なない。10回を戦い抜き、0-3の判定で悲願の日本一は逃したが、その姿勢に会場からは万雷の拍手が送られた。

 細川は二足のわらじを履いている。プロボクサーにはアルバイトをしながら糊口(ここう)をしのぎ、競技を続ける選手が大半と聞くが、細川は外資系金融会社に正社員として勤めるサラリーマンだ。理由は会社員になった方が、ボクシングを始めるより早かったから。グローブを手にしたのは23歳、プロデビューは25歳だった。なぜ「真逆の世界」に飛び込んだのか。

 「社会人になってやり切るとか、絶対にないなと。仕事はお金のために頑張るけど、何か自分の100%を出せるものが欲しかった。会社員でいるなら『ボクシングなんかいらないじゃん』と言われるんですけど、僕はそうは思わない。どっちも本気ですから」

 朝9時から午後7時ころまで就業し、帰宅後に約15キロを走ってジムへ行く。「仕事は一切言い訳しないようにやっている。いろいろ工夫している。会社では心を打たれ、会社が終われば体を打たれているんです」と冗談交じりに胸を張る。だからこそ、ボクシングをしているときは、会社員の肩書を忘れてほしいと願う。「1人のボクサーとして見てほしい」。

 3度目の日本王者挑戦は、キャリア29戦目だった。会場からの「バレ!!」の応援には、初めての声も混じっていた。「会社の人を初めて呼んだんです。見てもらえたら、スポーツジムに通っている感覚ではなくて、ちゃんとプロなんだって分かってくれると思ったから」。試合を終えてリングを降りるときには、その仲間たちに向けて深々と頭を下げた。

 プロボクサー、その誇りを賭けて戦った。敗れはしたが、「今まで1度もチャレンジしてこなかったのかもしれない。今日は…、本当に…」と振り返ると、言葉をつまらせ涙を浮かべた。「初めて試合をやりながら怖くねーなと思った。負けたんですけど、自分の皮が1枚むけた気がしますね」。語感には充実感しかなかった。その姿は敗者の美学にあふれていた。


 なぜボクシングをするのか。その理由はさまざまだろう。置かれている生活環境も多様だろう。ただ、リングに上がる男たちの話は、取材初日にして魅力にあふれていた。自分に置き換えれば記者として「全部出せる」記事をいくつ書いていけるか。スタートで出合った言葉を胸に刻み、ボクシング担当記者として奮迅していきたい。

 どうぞよろしくお願いします。【阿部健吾】