突然の涙に驚いた。プロレス担当を離れることになったため、最後に話を聞きたいと思い、スターダムの朱里(32)に取材していた時のことだった。会話の途中で昨年9月に亡くなった母のことを話し始めると、涙が頬を伝った。

高校卒業後、女優の道を目指している時に格闘技に出会った。小学生のころから女手一つで育ててきてくれた大好きな母からは反対されたが、自分の意志を貫いた。08年、19歳の時にハッスルでデビュー。その後はプロレスとの二刀流で躍動した。16年からはパンクラスに参戦、17年にはUFCと契約し、世界を転戦。9月には日本人女子ファイターとして初勝利を挙げた。19年からはプロレスに専念し、昨年の母の死去後、スターダムに入団した。

優しい笑顔から想像できないほどの根っからの負けず嫌い。幼いころにいじめられた経験もあり「強くなりたい。見返してやる」という思いで戦ってきた。格闘技でもプロレスでも結果を残してきたが、満足することはない。「ベルトを取っても、防衛しても、次は何だろう…って考える」。すぐに次の目標を設定し、そこに向かって進み始めることを繰り返している。

普段の振る舞いからも真っすぐな思いは伝わる。「お願いします!」。対戦前に会場内に響き渡る大きな声。「それほど気にしたことはない」と話すが「礼に始まり礼に終わるという意識はある」と明かす。試合前には相手を挑発することの多いプロレスラー。戦いを始める前に握手をして元気よくあいさつをする姿には好感を覚えた。会場でもすれ違えば「お疲れさまです」と頭を下げてくれる。取材中も相手の目を見て、自分の思いを一生懸命伝えようとする。

格闘技にがむしゃらに突き進んできた10年間。30歳を超え、美への意識も出てきた。「スターダムはかわいい人が多い。化粧とかも気を使いますね」。思い詰めたら周りが見えなくなるタイプ。今は恋愛も封印し、プロレスに集中している。

9月に「5★STAR GP」で初優勝し、12月29日に林下の持つワールド・オブ・スターダムのベルトの挑戦権を得た。期間が空くこともあり、11月3日には挑戦権利証と、自らの持つSWAのベルトをかけ、AZMとの対決を決めた。「(自分から)行かなくなったら負け」。次々と目標を立て、ゴールのない朱里にとってはすべてが通過点だ。

17日から始まった「ゴッデス・オブ・スターダムタッグリーグ」初戦でもきっちり勝利。ベルト奪取に弾みを付けた。「苦労してきた母の涙もたくさん見てきた。ベルトを取った姿をもっと見せたかった」と今でも悔やむ。「尊敬している母のように、芯の強い人間になりたい」。大好きな母の魂が宿る朱里は立ち止まることなく、強い姿を天国に届け続ける。【松熊洋介】