笑いを武器にする男が戦争の理不尽と向き合い続ける理由/ペナルティ・ワッキー(上)

お笑いコンビ、ペナルティのワッキー(54)が、ライフワークと自負する舞台アース製薬presents「Mother ~特攻の母 鳥濱トメ物語~」への熱い思いを語り尽くしました。戦時中、特攻隊員たちを見送り続けた女性、鳥濱トメが営む食堂で繰り広げられた、実話をもとにした人と人との物語です。日本人のみならず、今も各地で紛争が続く世界中の人々に、平和や自由への思いを巡らせる機会になり、忘れてはいけない事象にあふれていると声を大にして訴えました。主演のトメ役を酒井美紀が演じ、松本明子や13年から出演、昨年からはプロデューサーも務めるワッキーらが脇を固めます。上演は10月21~25日、東京・品川区のシアターHです。20年に中咽頭がんと診断され、命や死と向き合った経験も、作品への思い、使命感に少なからず影響したようです。今回は上編。18日午前9時に下編をアップします。【取材=高田文太、撮影=村上久美子】

お笑い

★ワッキーが語った主な内容

  • 「戦争とは、ジジイが始めて、オッサンが命令して、若者が死んでいく」世界共通の思いとは
  • 元特攻隊員に直接聞いた「死にたくなかった」というリアルな本音
  • がん告知で変わった使命感 「Mother」を続けていくための焦り

◆ワッキー本名・脇田寧人(わきた・やすひと)。1972年(昭47)7月5日、北海道生まれ。千葉・市船橋高サッカー部ではFWとして活躍。1年時の88年全国高校総体優勝、3年時の90年国体優勝。専大でもサッカーを続けたが、ひざを故障したこともあり中退。94年に市船橋高サッカー部の先輩ヒデと「ペナルティ」結成。代表的なギャグは「芝刈り機」「男性ホルモン受信中」。TBS系列の特番「スポーツマンNo.1決定戦」で長く活躍。舞台「Mother」は13年から昨年まで10回連続出演(21~24年は中断)、昨年からはプロデューサー兼務。趣味はサッカー、マージャン、けん玉、飾り包丁。特技はサッカー、タイ語。178センチ、68キロ。血液型B。


◆アース製薬presents「Mother~特攻の母 鳥濱トメ物語~」10月21~25日、東京・品川区シアターHで上演。主演の酒井美紀のほか、松本明子、ワッキーら1舞台52人、総勢62人のキャストが出演。脚本・演出藤森一朗氏。明石家さんまが「感動した。実話やから心に突き刺さった。これは本物や」と感想を寄せた。前売りはSS席1万2000円(パンフレット付き、前4列席確約)、S席9000円、A席7500円。当日券はSS席1万3000円(パンフレット付き、前4列席確約)、S席9500円、A席8000円。全席指定、税込み。配信、アーカイブの詳細は公式ホームページ。全8公演の開演時間は以下の通り。

【全て10月】21日 午後6時30分▼22日 午後6時30分▼23日 午後1時▼23日 午後6時30分▼24日 午後1時▼24日 午後6時30分▼25日 正午▼25日 午後4時

ライフワークの舞台「Mother」への思いを語るペナルティ・ワッキー(撮影・村上久美子)

ライフワークの舞台「Mother」への思いを語るペナルティ・ワッキー(撮影・村上久美子)

「戦争とは、ジジイが始めて、若者が死んでいく」どの時代も変わらない理不尽

舞台では、さまざまな印象的なセリフが登場する。その1つに「戦争とは、ジジイが始めて、オッサンが命令して、若者が死んでいく物語だ」という言葉がある。鳥濱トメと第2次世界大戦中の特攻隊員、さらには米兵らとの交流が物語の軸。ただ、パンフレットやポスターにも大きく記された、そのセリフは現代にも、さらには世界各国の人にも共通するものだと、ワッキーは強く感じていた。

ワッキー 「戦争とは、ジジイが始めて、オッサンが命令して、若者が死んでいく物語だ」。これは、どの時代の戦争も、どこでやっている戦争も、そうなんですよね。こんな悲しいことはないし、こんな理不尽なことはない。毎年、反響はすごくありまして、見た方々には「すばらしい舞台だ」と言っていただいています。それは純粋に、見終わった後に「戦争はしちゃいけない」「繰り返しちゃいけない」「世界中、仲良くしなくちゃいけない」と、思っていただくからなんです。それは僕らが、見た後に思ってもらいたいことでもあります。日本人だけが、そう思うのかというと、そうじゃなくて、アメリカ人もフランス人もインド人も中国人も。どの国の人が見ても、そう思うと思うんです。だから、僕はやっているんです。何か偏ったものがあったら、やっていないです。いくら、いい芝居をしていたとしても、やっていないです。

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。