名古屋市の観光PR部隊、名古屋おもてなし武将隊の織田信長(年齢492歳)が、名古屋場所9日目の20日に取材に応じ、十両翠富士をかねて応援していることを明かした。毎年、名古屋場所をたまり席で観戦している理由も明らかにした。【取材・構成=佐々木一郎】
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信長「ところで、今日は翠富士はどうしたかの」
-翠富士の成績を気にしているのですか
信長「もう8、9年前かな、まだまげを結ってないぐらいの翠富士を伊勢ケ濱部屋の稽古場に見に行った。あの時は、安美錦にぶつかっては投げられ、ぶつかっては投げられ、全身泥だけになっていた。小兵ながらこういうやつが強くなっていくんかなと思ったら、あれよあれよと出世していった。わしの目は間違ってなかったな」
-そんなことがあったんですか。稽古見学は、この姿で行かれたんですか
信長「そうじゃな。全開ではないけども。わしはな、どんな格好しても、わしだからな。少し忍びの格好で行った」
-直接お話はされてないんですか
信長「呼び出しの照矢殿とは少し懇意にしていて、毎年、わしがあそこに座ってると照矢殿がほうきをはきつつ、こっちに目線を送ってくる」
-今場所も初日を観戦されてましたが、何年くらい前からいらしていますか
信長「もう15、6年前かな。わしと見に行くツアーをやったこともある。愛知県体育館の時から初日に限らず、行ける時に行っている」
-観戦された時の周囲の反応はいかがですか
信長「わしは人前に出ることが多いから、なんとなくわかる。まあ入った瞬間に少しどよめいたなと、なんとなく感じる。ただ、みんなは相撲を見に来とるわけだから、わしに騒ぐわけにはいかないけど気になるなという、ざわざわはある。あそこのたまりに座ってる者は、みんなやんごとなき者じゃから、礼儀ができている。あんまりやたらめったら声かけてこない」
-帰りは大変なんじゃないですか
信長「帰りもな、どうじゃろうな。わし、見た目が怖いからあんまり…。話しかけちゃいけない人、写真撮っちゃいけない人と思っているんだろうな。ただ、現世においてはそういうことはない。確かに400年前であれば気軽に話しかけられない」
-粗相があったら殺されちゃいますからね
信長「何か日本(ひのもと)の者の心の中に脈々と受け継がれる何かがあるんじゃないか。わしに近づいたら良くないんだと。だが帰りがけも数名には声をかけられて一緒に写真を撮ったりする」
-信長様は元々、相撲とはご縁がありました
信長「もちろん、もちろん。今の両国の国技館にわしの絵があるんじゃないか。確か、壁画がある。このように大きな、いわゆる全国のものが集まって開かれる大会になったのは、わしが安土で開いた相撲というのがきっかけかもしれん。そこから全国の大名たちが自分のとこで御前試合をさせるというのが一気にはやったのが始まりの一つと言っても過言ではない」
-信長様が現代においても相撲観戦されるのは、なぜですか
信長「我ら名古屋おもてなし武将隊は400年前からよみがえり、この侍文化、日本の文化、侍というものはもう今は階級としてはないが、そういったものたちが残した文化というのは脈々と400年も経ってもつながっておるんだぞということ。それを通してみると、なんでもないただの名古屋の街が少し変わって、なんでもないいつもの散歩道が、ここには何々の屋敷があったところだと、また1段上の楽しい生活が送れるとわしは信じている。それも名古屋の魅力の一つだと。それを体感しに名古屋に参りたいなと、全国から一人でも多く集まれば良いと思う。特に現代の相撲というものは、公共放送を通じて全国に伝播(でんぱ)される。わしが最前に座って観戦をしておれば、あの者はなんだと、名古屋が少しでも話題になって、名古屋に今度行ってみようかなという者がな、1人でも増えてくれたら良いと考える。もちろん相撲というものが、未来永劫(えいごう)国技として残ってほしいと私は考えている」
-今場所、これから期待されることはありますか。翠富士に期待されますか
信長「翠富士がまた幕内に戻ってくることを期待している。少し体調を崩して、一時は心配な時期もあったけど、見事に復活して今は6勝2敗。今日どうなったか」
-ちょうど今やっているころです
信長「ちょうど今、うちの加藤清正が見とったな。加藤清正は、熊本城を築城した者で有名かもしれんけど、ここ尾張名古屋の出身であったな。子供のころからずっと武将になるための勉強をし、出世を遂げたところである」
-ちなみに、NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」はご覧になっていますか
信長「もちろんじゃ。先々週か、(信長が)華々しい最期を遂げた」
-明智光秀に言いたいことはありますか
信長「特にない。400年前の過ぎたことだからな。よみがえったもん勝ちじゃ。これで未来永劫(えいごう)よみがえらずに、わしがずっと地獄におったら、うらむかもしれないけど、よみがえってるからな。こんなに良いことはない。むしろ、明智があそこでやってくれたから、あの絵巻がいつまでもずっと永遠と語られておるからな。まさか、400年たっても、あんなにわしの最期を華々しく、どの絵巻をとっても華々しく描いてくれている。武士(もののふ)にとって、最期を華々しく語ってくれる、こんなに誉れなことはない」
-最後に「名古屋おもてなし武将隊」のPRをお願いします
信長「我ら名古屋おもてなし武将隊はいつでも名古屋城で待ってる。名古屋城が開いている限り、誰かしらおる。そして平日は1武将、1陣笠でおもてなしと称して民との交流、記念写真撮影など応じている。土日は5人が出陣しとって、平素であれば夏以外は演舞を執り行って、殺陣あり、舞あり、芝居あり、客人を無料で楽します。今は外で見てる方が倒れてしまうということで演舞は中止になっておるんだけど、一日中おもてなしと称して、名古屋城に来た客人と一緒に写真を撮ったり、あとはな、今、夏休みの宿題で色々歴史のことを勉強している者たちも多くてのう、質問に答えたりしている。ぜひとも名古屋城に会いに来てほしい。来たる7月31日~8月の2日までの間に、名古屋おもてなし武将隊で自主開催いたす盆踊り大会(なごのキャンパスグラウンド)がある。これは誰でも参加できる。
◆名古屋おもてなし武将隊 2009年11月「名古屋開府400年」のPR大使として結成。メンバーは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、前田利家、加藤清正、前田慶次という武将6人と陣笠4人。400年前から現世によみがえった。日本人ならではのおもてなしの心とSAMURAIカルチャーを世界に発信するために、名古屋城を拠点にさまざまな活動を行っている。

