野球チームの監督、コーチを務める皆さん、選手と話をしていますか? どのような場面で、どのような会話を交わしているでしょうか?

指導者の何げない言葉が、選手を勇気付けることもあれば、強い重圧を与えてしまう可能性もあります。怒声や暴言は論外ですが、選手に対する声のかけ方で悩んでいる指導者は多いのではないでしょうか。

先日、指導者などのスポーツ関係者やメンタルケアなどを学ぶ人々が属する日本イップス協会の講習会で「選手の力を引き出す心の公式~指導者のための質問型コミュニケーション」という講義が行われました。講師は一般社団法人・質問型コミュニケーション協会で代表理事を務める安井匠さんでした。

「質問を中心とした1対1の対話を通じて、相手、つまり選手が望む方向へと進んでいく。指導者が『こうした方がいい』と勧めるのではなく、選手が自ら答えを出せるような対話をしていくのです」

コーチングでは「オートクライン」といって、「自分が話した言葉(内容)によって自分の考えに気付いていく」という方法があります。その方法と言っていいでしょう。

例が出されました。

「A君はバッティングでなかなか結果が出ず、いつも1人黙々と素振りをしています。指導者から見ると『もっと気持ちを楽にした方がいいスイングができるのにな』と思っているが、A君は『チームに迷惑をかけられない』と言って、来る日も来る日も見えないところで素振りを続けています」

さて、こんなときに選手にどんな声をかけますか?

A君を呼んで、「力が入りすぎだからリラックスするように」と言ったり、「素振りよりもピッチャーの球を打った方がいい」と勧めるでしょうか。それとも黙って見ているか。あえて突き放す方法もあるかもしれません。

もちろん指導者の経験に基づく視点、考え方は、多くの場合で選手にメリットのあるアドバイスになるでしょう。

しかし、「質問型コミュニケーション」は、指導者からの助言ではなく、選手本人が答えを導き出す方法です。例えば、このように対話を進めていきます(会話は想像です)。

 

(コーチ)バッティングの感触はどうかな。

(選手)試合でヒットが出ずに悔しいです。次の試合までに何とかしたいです。

(コーチ)結果は別として感触はどう? いい当たりもあったんじゃないか。

(選手)いい当たりがあってもヒットにならないと…

(コーチ)感触がよかったのはどの打席?

(選手)2打席目のセンターフライです。あれは、とらえたと思ったのに…

(コーチ)他の打席と何が違ったんだろう?

(選手)振り遅れていると思って、タイミングを早めに取ったんです。いい感じで左中間に飛んでいったのに…

(コーチ)タイミングが遅れなければ、いい打撃ができるということじゃないかな?

(選手)そうですね。

(コーチ)そのためには、どんな練習が必要だろう。

(選手)実際にピッチャーの球を打った方がいいかもしれません。

(コーチ)それはいいと思う。あとは?

(選手)素振りでも、ピッチャーをイメージしてタイミングを取るとか…

(コーチ)それもいい。一層の効果が出ると思うよ。1つアドバイスをしていいか?

(選手)はい。

(コーチ)バットを振る前に体の力を抜いて、リラックスを確認したらいいのではないかな。試合でもリラックスできるようになると思うけど、どうかな?

(選手)そうですね。力を抜くのは大切なので試してみたいと思います。

 

要するに、指導者は質問をする側であり、選手が自ら答えを導き出していく。それが「質問型コミュニケーション」です。

安井さんは言います。

「相手、つまり選手が『なりたい自分』に近づくサポートをするのです。指導者は自分の持っている正解を押しつけず、選手の思いを引き出していく。アドバイスをするのは最後で、『客観的に見ると、こう感じるよ』と伝えるようにします」

質問型コミュニケーションは、職場の上司と部下、営業の現場、家族、医師と患者など、さまざまな場面で活用できるといいます。

「汎用(はんよう)性が高いと思います。例えば企業では『行動』が注視され、本当はどう思っているのかという『心』がおそろかになってしまう。『行動』と、意識、無意識を含めた『心』の両面からアプローチした方が問題解決への近道になると思います」

安井さんはもともと会社員でしたが、あるときから会社に行けなくなってしまったそうです。

「上司から言われたことを忠実に行う優等生でした。ところが、会社に行くのが怖くなってしまい、上司に電話して『仕事はしますから』と言って漫画喫茶で仕事をしていました」

うつ病と診断されて休職し、あらためて「本当はどうしたいのか?」「何が得意で、何ができるのだろうか?」と自分と対話して、コーチングを学び始めたそうです。

選手の「心」にアプローチする質問型コミュニケーションに興味を持った方に、安井さんのアドバイスを記しておきます。

「質問であって、決して詰問、尋問ではありません。対話は1対1で、定期的に行うことが大切です。互いの信頼感など関係性によっても変わる個別対応なので、『今この人に何が必要か』を把握するようにしてください」

記者の取材も、質問を重ねて相手の本音に迫っていきます。取材現場の雰囲気作り、聞くタイミング、聞き方…表情や口調を工夫するだけで、かなり変わるのではないでしょうか。

若手の頃は取材中の沈黙が怖くて、取材相手より私の方が口数が多かったという失敗も多々ありました。「聞く力」の重要性は身に染みて感じています。

指導者は技術やメッセージを伝える「話す力」も重要ですが、それと同じぐらい「聞く力」も大切なのだと思います。【飯島智則】