ワールドシリーズで3冠達成(ブロンコ、ポニー、ガールズ)、中学硬式野球5団体の全国優勝チームによる第1回エイジェックカップでポニー佐賀ビクトリーが初代王者に輝くなど、今年は日本ポニーベースボール協会にとって「史上最高に熱い夏」となりました。この快挙に大きな拍手を送るのが、元ポニーリーガーで長く協会を支援する韓俊氏(58=株式会社マルハン北日本カンパニー社長)です。喜びの声と、歓喜の日を迎えた背景を聞きました。
【今まで成しえなかったいろんな成果が実った】
──WS3冠に続いて、準決勝でリトルシニアの強豪・世田谷西シニアを倒した佐賀ビクトリーが、決勝の地・甲子園で優勝しました
韓氏 驚きですよね。リトルシニアさんやボーイズさんといった底力があるリーグに対して、堂々とがっぷり四つの勝負で勝って優勝したのは、非常に大きな快挙であり、他のチームにも大きな刺激になるんじゃないかなと思いますね。また、ポニーの1つの大きな特徴はWSによって世界とつながっていることですが、そこで複数の階級で優勝とは、これもまたビッグニュースです。この夏は今まで成し得なかった、いろんな成果が実ったかなと思います。
──どんな取り組みが成果につながったのでしょう
韓氏 会長だった鳩山邦夫先生(元衆院議員)がお亡くなりになるなど、理事のメンバーも一新された時期がありました。そこで「今後どうやったらいいのかって」しっかりと考えた中で、やはり元々あった理念を真ん中に置いて進んでいくリーグなんだということを、いま一度強化したことが大きいと思います。
──理念を見つめ直したのですね
韓氏 「我が国の子供たちを守っていこう」「試合を通じて育成していこう」「野球を通じて立派な社会人を育成していこう」と。その中で、どういう大会が必要か、どういう指導法がいいのか、どうやって子供たちをケガから守れるのかを、理念に基づいて具体的な施策に落とし込んでいった。そうすることで、どのリーグもチーム数が減少する中で、少しずつですけども増えてきて、地力や底力がついてきた。ちょっとずつ積み上げてきた結果だと思います。
──早くからポニーを支援されてきました
韓氏 私も中学のときにポニーリーグに在籍して、全国優勝させていただきました。マルハンは社会貢献の意識が高い会社なので、40代で経営職になり自分がお世話になったところに恩返ししようと、ポニーの理念を見直しました。本当に価値があると思ったし、私も野球をやっている時に、根性論というか、スパルタの中でやって、嫌だったことがありますし、多くの周りの人間がやめていったのを見ています。やっぱり、こういう新しい形の野球のやり方を、日本で目指さないといけないと思いました。あとは国際性ですね。日本の教育の中でも進んでいるどころか、衰退しているところもある。いろんな意味で意義があるし、公私ともに応援していこうという感じなんです。地道なことから、長くやらせてもらいたいですね。
◆韓俊(はん・しゅん) 1965年(昭40)7月22日生まれ。91年、株式会社マルハン入社。同社営業本部長、副社長などを経て、21年4月から代表取締役北日本カンパニー社長に。株式会社太平洋クラブ代表取締役社長を兼務。趣味のゴルフはハンディ11。
◆ポニー史上最高に熱い夏 7、8月に行われたワールドシリーズでU―12ブロンコ日本代表が初優勝、U―14ポニーが10年ぶりに優勝、U―16コルトが4強入り。初開催のガールズでU―15代表が優勝した。第1回エイジェックカップ中学硬式野球グランドチャンピオンシリーズでは佐賀ビクトリーが決勝でフレッシュリーグの佐賀フィールドナインを破った。
◆「満福カレー」マルハン支援の歩み 各種大会への支援に続き、21年8月からはマルハン北日本カンパニーによる日本ポニーベースボール協会への協賛を開始。主に北海道、東北地区で冠大会を開催している。大会では関連のマルハンダイニングによる「満福カレー」が数百食振る舞われることも。韓氏は同協会の給付型奨学金制度にも協力。海外で学びながら野球をプレーするポニーOBを支援している。
【編集後記 「少年野球チームの監督になったら」と問うと?】
京都ポニーの投手と外野手としてプレーした韓氏は、全日本選手権で優勝した。京都商(現京都先端科学大付)、中大では内野手に転じたが、今でも野球は投手から注目する。「勝つ投手は頭がいい。頭のいい投手はコントロールを身に付けています。大リーグでも少年野球でも試合を作るには、コントロールが大事です」。
では、少年野球チームの監督になったら? 「考えたこともないですね」と笑いながら思いをめぐらせた。「まず『君たちは何のために野球をやるんだ』って尋ねたいです。いろいろ質問したあと『強くなりたいか?』と聞きます。自分の考えを伝えるのではなく、メンバーが何のために集まっているのか調整して、やり方を相談しながら、1、2カ月して、こういうチームをつくろうというふうにしたいですね」。
韓氏が名門ゴルフ場グループを再建するドキュメント「名門再生 太平洋クラブ物語」(野地秩嘉著)に、まず取り組んだこととして、17のコースで働くより多くのスタッフと対話したことがつづられている。一方的に考えを伝えるのではなく、個々に考えて行動するきっかけをつくった。そして、コースだけでなくクラブハウス内の施設をすべて自ら確認するなど、再生を急がず、ある程度の時間を費やした。
あらためて、監督をやるなら、どんなチームを目指すのか? 「やるんなら、日本一になるチームですね」。そのコントロールを、見てみたい。

